2019年5月30日木曜日

マルはバカではない

勿論オレは妊娠なんてしない。バカではないからな。
ちなみに一人称はオレ。クラスに何人かボクっ娘(一人称「ボク」で喋る女子)はいるが、ぶってる感じで嫌だ。オレとしてはオレがいちばん居心地良いのだが、だからといって他人の前で「オレ」で喋るとボクっ娘とおなじく変に(別の方向に)ぶってる感じに思われそうなので他者に対しては「あたし」などをつかう。(それでも時に「オレ」が出てしまう。そうそう奇異にはおもわれていないようではあるが。)
一人称オレではあるが性自認オンナで性的指向はヘテロだ。同性に対してはディープキスまではあるがそれ以上は経験ない。
で、バカの話だった。
オレはバカではないから決して妊娠などしない。ペコに説教などされなくても。
めんどくさいから説教させておくけど。
バカはうちのハハだ。ハハは母だ。ハハハハだ。ハハハハハハハハ・・といくら笑っててもまにあわないくらい大バカだ。
バカはすぐ妊娠する。
オレのうえに年子のアネがいてオレと弟のあいだに9年が空いている。あのオヤヂと9年たってもまだやる気があったのかよ(みたいなことを)ハハに訊くと、困った顔して、いやそれはずーっとやっていて(あるいはやられていて)何度も堕胎したのだという。
いま8歳の弟は体力的にこれが最後のチャンスかもしれないと思いオヤヂに泣いて縋ってお願いしてキープすることにしてめでたく産んだのだという。
何度も堕胎?
結婚している夫婦で?
どうでもいいけど避妊ぐらいしろよ。(ああペコのセリフだ)
・・だってお父さんが嫌がるんだもん。
おめえら原始人か。
(・・これがわが両親か。)
・・いつもわたしのアタマが悪いせいにされてたのよ。
・・わたしがバカなせいで排卵日とか危険日とかの計算まちがいするのだと。
それは、しかし。それ以前のバカのせいではないのか。
(・・ああ目が赤くなりそうだ。)
ことほど左様にハハはバカだ。
そのうえいつもバカだバカだと言われ続けて自分でもそれを否定しないから余計にバカになる。
バカと言われ続けてン十年。
寧ろ(むしろ)バカに安住している。
たとえば日常のワンシーン。
我が家の夕食はハハのバカを血祭りにあげる場だ。
ハハがなにかバカを言う。
おもしろ可笑しく言えればよし。もしダメならオヤヂが不機嫌なままで盛り上がりなく「お母さんはバカだな」の冷たい一言で終わる。
面白いバカ話ができた場合。
オヤヂが大声で「お母さんはバカだなあ!」と晴れやかに言う。
みんなが大声で笑う。
ひとしきり笑う。
(で、その日がたとえば肉鍋だとする。)
「お母さんはバカだから良い肉と悪い肉の区別がつかないよなあ」
「お母さんはこんな旨い肉も味がわからないよなあ」
「お母さんに肉なんかやってもブタに小判だなあ」
「お母さんに肉をやるなよぉ」
「お母さんなんか麩ぅでも食うてればいいんだから」
ということになりハハは肉に箸をつけることができない。
(最後にみんなの食い残しがあれば未練がましく食っている。)
勿論オヤヂはいちばんおいしい肉を取る。
おいしい肉を食いながら自慢話をする。ひとしきり。
自分がどれだけ部下に崇められているか。人格者であるか。
会社の実績にどれだけ貢献してどれだけ大事にされているか。
自分がどれだけ物知りであるか。
それからオレにくる。
「〇〇(オレの本名)は賢いから肉をどんどん食べなさい」
「東大合格のためにも食べなさい」
「おお、どんどん食べなさい」
ひとしきり二人で食べる。
それから弟が負けじと手を挙げる。
「ボクもアタマがいいよ!」
「そうか」とオヤヂが目を向ける。
「その証拠を示しなさい」
「昨日の塾の算数テスト、クラスで3位だった」
「3位か。それではまだ賢いとはいえないな」
「つぎはぜったい頑張る」
「よし。それでは肉食べていいぞ」
弟は勢いづいて、他の家族に真相を知られぬうちにとでもいうように慌てて肉をかっさらい口に押し込む。ガツガツ食べる。
弟はハハに似てバカだが、この家ではバカはバカを見、アタマが良いと得することだけは早いうちに見抜いている。
そんなことしてもなーんも自分の得にはならないことをまだ理解せずオヤヂに愛されることがまず至上命令だから塾の宿題は解答を丸写しする。塾のテストはできる子の答案を盗み見て丸写しだと気づかれるから気づかれないよう適度に修正して良い点を取る。毎回クラス3位のからくり。
バレるのが早いか。弟がその無益さに気づくのが早いか。
まぁ小3では無理あるまい。
弟はハハに似て犬の目をしている。
ヒトの愛情をもとめて(瀬戸内サンに倣って「需める」と書きたいところだがここはひらがなにしておこう)一心にヒトを見あげる犬の目。つぶらな瞳。
ちがうのは、ハハの目には既に絶望が宿っていることだ。絶望的にもとめる目であり返報がけっしてないことを知っている目であり恨みがましい目である。その恨みがましい目がオヤヂの虐めゴコロに火を点ける。
「お母さんがあんな目をするから余計に虐めたくなる」
「虐められっ子はあんな目をするから余計に虐められるのだ」
「虐めっ子は元から悪いわけではない。虐めっ子を虐めっ子にするのは虐められっ子のあの目なのだ」
(という理屈。)
弟の犬の目にはまだ希望がある。返報すなわちオヤヂの愛情をもとめてキラキラ光る。
このごろはオヤヂと一緒になってハハを苛んで(さいなんで)いる。
オレはイジメには加わらないけどな。
傍観者は既に加害者か。それならそうだけど。
それよりいちばん呪わしいのはオレがこの家でいちばんオヤヂに似ていることだ。
まるい顔、まるい体、陰険な目。物心つくとオレは嫌というほどオヤヂに似ていた。
オレの目と、オヤヂの目は、陰険な猫の目だ。
かわいい猫目ではない。ひとを見くだす目。
生まれたときからはじまったアネとオレとのデスマッチで先勝したのは当然可愛げのある目を持ちあわせたアネである。(アネは猫型とも犬型ともどちらにも分類しがたくその目は時に応じて犬っぽくも猫っぽくも光るがとりあえずこの家では一番の美形である。幼児の折の写真を見ても申し分なく可愛らしい。)幼き頃オヤヂからもハハからも溺愛されるアネをオレは猛烈に嫉妬した。
逆転したのはアネが小3オレが小2で揃って進学塾に行き始めてからでアネは中の下がせいぜいだったのがオレはいつもトップで最難関確実と言われた。
それからアネは早々に闘いを降り中高は中堅私学に進学したあと大学はここから遠く離れた地方の女子大を選んで両親を失望させた。名前を聞けば地元では誰でも知ってる名門女子大であるらしいが近年偏差値の降下が甚だしく定員を集めるのにも難儀する凋落校。そんなもんそちらの地元で地元の老舗企業のOLになるとか地元の金持ちの息子を摑まえるための嫁入り道具にするとかには重宝かもしれないが600キロ離れたこの地からそんな大学行ったところでなんの役に立つかよ? ホンキで彼の地の金持ちのボンボンを摑まえるつもりでもなければ両親への意趣返しで人生降りたとしか思えない選択をアネは(そんなにも若い身空で)してこの家から去った。
ひきかえオレは最難関の女子進学校に首尾良く合格。中高通じて成績最優秀をキープ。直近の模試で東大文I B判定(限りなくAに近い)。正直本人はA判定の文IIIでもいいと思っているがオヤヂに言わせるととんでもない必ず文Iに合格しゆくゆくは官公庁の役人あくまで弱者を虐める強者の立場にオレを立たせたい。ひとを見くだす目をして。
「おまえが男だったらよかったのに」
紫式部か。
「でもいまの時代は男も女もないからな。おまえはかならず東大法学部に行け。おまえは人の頭に立つ子だ。オレに似ているからな。」
そういうときだけ男女共同参画。そういうオヤヂは実は三流大学しか出ていない。
会社でも碌な地位を与えられていない。それなのにプライドだけは一人前で自分が誰よりも賢いと思っている。
自分が知っていることを客観的に吟味する基本的な手続きも知らず自分が(たまさかに)知っていることを絶対的に正しいと信じている。日本語版Wikipediaを修正しまくるのがオヤヂの趣味でしかし修正してはすぐに上書きされるのが常でパソコンに向かって毒づいているのをよく目にする。(ま、Wikipediaじたいそういう仕組みなのかもしれないが。)ことほど左様にオヤヂはバカだ。
オレはバカではないからこういう家族が大嫌いだ。
この家族の全員をオレは見くだしている。
ことほど左様に見くだすしかない家族を持ったのが
オレの悪しき宿縁。オレの鎖であり枷である。

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