殺しちゃったぞ。ついに。
でも現実のキミは生きている。
2019年9月29日日曜日
2019年9月25日水曜日
死。篤彦の
死はからだを貫く風穴のようなものとして表象される。
たとえば銃の登場するあらゆる映画のように。
しかし別のかたちの死もある。それはゆでたまごの薄皮のようにからだにひっつき
皮膚に塗る麻酔剤のように ひとの 表面の感覚を麻痺させ
徐々に 徐々に 生を 奪う のだ。
つらくて 語れない。アツヒコの死を。
でも語らなければならない。
みんなが気にかけていた。
みんなが見護っていた。
みんな知っていたのだ。すでにその麻酔剤が、たっぷり何年もかけて、アツヒコの表面に塗布されていることを。
そしてじわじわ じわじわと かれのいのちを麻痺させていくのを・・
最期の最期の瞬間まで みんながみまもっていた。
でも、だれも、その最期の瞬間に立ち会った者はいなかった。
アツヒコは だれにも看取られずに 死んでいったのだ。
最後のエントリーは「もう寝る。」だった。
「もう目覚めなくてもかまわない」があとにつづいていた。
半時間後に気づいた誰かが「おい、起きろ!」と書いた。それから、そのほかのだれかも、そのほかのだれかも、「起きろ!」と書いた。「起きてくれ」と懇願する者も、「大丈夫?」とか「心配しています」とか綴った者もいた。
でも、みんなが、広場で起きている惨劇を 自宅の安全なアパートの高い窓から眺めている状態だったのか?
これだけたくさん書きこんでいるそのうちの だれかが、きっと駆けつけてくれるだろう、あるいは通報してくれるだろう、兎に角なんでもアツヒコを救うためのなんらかの適切な手段を講じてくれるだろう、と、みんな、ただ、みているしかできなかったのだ。
広場ではなく、そこはネットのヴァーチャルなひろばだから、画面の向こうには じっさいには見えていない アツヒコを。
そこまで周到だったかれをむしろ褒めるべきなのか?
そうやって、ブログを通じて、かれをみまもっていただれ一人として、アツヒコが現実に住んでいる住所だったり連絡先だったりを知らなかったのだ。
だれも 駆けつけるすべを知らなかったのだ。
そうしているうちに ながいあいだ かれをむしばみつづけていた 死は
最期の最期の瞬間まで ゆっくり ゆっくりと かれをそこないつづけて
かれの表面を 溶解し
かれの 肉を 熔解し
かれのこっかくを 融解し
そして
ついに かれの いのちをうばった のだ。
そりゃあ
さ
責められるべきは ぼくたちだ。
わかってる
でも 酷いよ アツヒコ
ひどすぎる
こんなふうに おまえに 死なれてしまう
ぼくたちの
いや ぼくの
身にも なってくれ。
たとえば銃の登場するあらゆる映画のように。
しかし別のかたちの死もある。それはゆでたまごの薄皮のようにからだにひっつき
皮膚に塗る麻酔剤のように ひとの 表面の感覚を麻痺させ
徐々に 徐々に 生を 奪う のだ。
つらくて 語れない。アツヒコの死を。
でも語らなければならない。
みんなが気にかけていた。
みんなが見護っていた。
みんな知っていたのだ。すでにその麻酔剤が、たっぷり何年もかけて、アツヒコの表面に塗布されていることを。
そしてじわじわ じわじわと かれのいのちを麻痺させていくのを・・
最期の最期の瞬間まで みんながみまもっていた。
でも、だれも、その最期の瞬間に立ち会った者はいなかった。
アツヒコは だれにも看取られずに 死んでいったのだ。
最後のエントリーは「もう寝る。」だった。
「もう目覚めなくてもかまわない」があとにつづいていた。
半時間後に気づいた誰かが「おい、起きろ!」と書いた。それから、そのほかのだれかも、そのほかのだれかも、「起きろ!」と書いた。「起きてくれ」と懇願する者も、「大丈夫?」とか「心配しています」とか綴った者もいた。
でも、みんなが、広場で起きている惨劇を 自宅の安全なアパートの高い窓から眺めている状態だったのか?
これだけたくさん書きこんでいるそのうちの だれかが、きっと駆けつけてくれるだろう、あるいは通報してくれるだろう、兎に角なんでもアツヒコを救うためのなんらかの適切な手段を講じてくれるだろう、と、みんな、ただ、みているしかできなかったのだ。
広場ではなく、そこはネットのヴァーチャルなひろばだから、画面の向こうには じっさいには見えていない アツヒコを。
そこまで周到だったかれをむしろ褒めるべきなのか?
そうやって、ブログを通じて、かれをみまもっていただれ一人として、アツヒコが現実に住んでいる住所だったり連絡先だったりを知らなかったのだ。
だれも 駆けつけるすべを知らなかったのだ。
そうしているうちに ながいあいだ かれをむしばみつづけていた 死は
最期の最期の瞬間まで ゆっくり ゆっくりと かれをそこないつづけて
かれの表面を 溶解し
かれの 肉を 熔解し
かれのこっかくを 融解し
そして
ついに かれの いのちをうばった のだ。
そりゃあ
さ
責められるべきは ぼくたちだ。
わかってる
でも 酷いよ アツヒコ
ひどすぎる
こんなふうに おまえに 死なれてしまう
ぼくたちの
いや ぼくの
身にも なってくれ。
2019年7月30日火曜日
ひとりで死ぬな
確かに衝撃、だった。
そこには俺たちの知らなかった篤彦の生い立ち、家庭環境、家庭の事情、そして篤彦の経験しなければならなかった余りにも苛酷なできごとのかずかず・・がこと細かに書かれていた。
凄まじいDV。肉体的にも精神的にも。
子どもの頃から、父親からも母親からも、それどころか祖母や祖父らからも、殴られ蹴られ責め立てられ、ロクな世話をされずに生きてきている。
ことにキツいのは母親で・・
篤彦の実父を追い出して別の男とくっつき、この男もまた篤彦を虐待し、その後はその男もまた捨てて若い男と駆け落ちし、篤彦の貯金に手をつけて家を出る。その後も金が必要になれば篤彦を呼び出しては、母子の情を質にとって、必要な金を巻き上げその都度裏切り去っていく。
篤彦はこの両親の借金の一部を背負う羽目にもなっているらしい。
ブログには、詳細に覚えているらしい子ども時代の、酷い仕打ちを受けた場面の一齣一齣が克明に記述され、
自分を苛んだ家族や周囲の人びとへの感情が記述され、
現在の自分の状況もリアルタイムで記される。どうやら精神科医にかかっているらしいこともわかった。
篤彦が、いつもおどおどした目をしていたことを思い出した。
いざとなると喧嘩は異様に強かった。何度か目撃したが、あんなに喧嘩慣れしたスマートな闘い方をする奴は初めて見た。まず相手の攻撃を封じ込め急所を突いて戦意を喪失させる。そして自分も相手もあまりダメージを受けない先にうまく終結させる。
それでいて、普段は臆病者を装った。トラブルには巻き込まれないように、おおきな身をいつもちいさく縮めてひっそりと、俺たち二人に隠れるように生きていた。
金魚の糞は・・隠れ蓑だったか。
ブログにはいつもコメントを寄せる常連たちがいて、篤彦を励ましていた。
一方で口汚く罵っていくコメントもあって、そういうのはすぐに削除され、ブロックするのかしばらくは消えるが、また現れる。同一人物かどうかはわからない。たぶん複数。
そういう奴らがどこやらの匿名掲示板で篤彦を名指しで誹謗中傷しているらしいこともわかった。
気になるのは、篤彦がいちいち傷ついていることだ。
自分は社会に迷惑をかけるばっかりのクズなんだからひとりで死ぬ。
自分が死ねばみな満足なんだろう。
みたいな書き込みがあっては、好意のコメントを書く読者らに心配をかけ、しばらく落ち着いてはまた「ひとりで死ぬ」が始まる。
俺はブログの最初の最初から読んで、何度も読んだ。
涙が溢れて溢れて・・たまらなかった。
篤彦、なんでこのこと俺たちに言わなかった?
なんで俺たちに助けを求めなかった?
なぜ?
マルは「失敗」したらしい。
他の読者らに混じってブログに励ましのコメントを送り続けていた。
なじんだ頃にメッセージを送り、自分の正体を明かして「一度会いませんか?」と申し出た。すると
なんとブロックされてしまい、コメントもメッセージもできなくなってしまったらしい。
「篤彦、あたしたちには知られたくなかったんだ」
「高校時代、そんなことおくびにも出さなかったでしょ」
「あたしたちだけには知られたくなかったんだ」
「・・それなのに。あたしったら・・なんて無神経なことを」
「余計に篤彦を傷つけることをしちゃったよ・・」
マルはそう言って、また泣いた。
雅之と俺とは顔を見合わせ・・どうしていいかわからなかった。
「どうする?」
「どうするって・・」
「ひとりで死なせるわけにはいかないよなぁ・・」
「そうよ」
「ひとりで死なせちゃだめよ」
それが、とりあえずの結論。
そこには俺たちの知らなかった篤彦の生い立ち、家庭環境、家庭の事情、そして篤彦の経験しなければならなかった余りにも苛酷なできごとのかずかず・・がこと細かに書かれていた。
凄まじいDV。肉体的にも精神的にも。
子どもの頃から、父親からも母親からも、それどころか祖母や祖父らからも、殴られ蹴られ責め立てられ、ロクな世話をされずに生きてきている。
ことにキツいのは母親で・・
篤彦の実父を追い出して別の男とくっつき、この男もまた篤彦を虐待し、その後はその男もまた捨てて若い男と駆け落ちし、篤彦の貯金に手をつけて家を出る。その後も金が必要になれば篤彦を呼び出しては、母子の情を質にとって、必要な金を巻き上げその都度裏切り去っていく。
篤彦はこの両親の借金の一部を背負う羽目にもなっているらしい。
ブログには、詳細に覚えているらしい子ども時代の、酷い仕打ちを受けた場面の一齣一齣が克明に記述され、
自分を苛んだ家族や周囲の人びとへの感情が記述され、
現在の自分の状況もリアルタイムで記される。どうやら精神科医にかかっているらしいこともわかった。
篤彦が、いつもおどおどした目をしていたことを思い出した。
いざとなると喧嘩は異様に強かった。何度か目撃したが、あんなに喧嘩慣れしたスマートな闘い方をする奴は初めて見た。まず相手の攻撃を封じ込め急所を突いて戦意を喪失させる。そして自分も相手もあまりダメージを受けない先にうまく終結させる。
それでいて、普段は臆病者を装った。トラブルには巻き込まれないように、おおきな身をいつもちいさく縮めてひっそりと、俺たち二人に隠れるように生きていた。
金魚の糞は・・隠れ蓑だったか。
ブログにはいつもコメントを寄せる常連たちがいて、篤彦を励ましていた。
一方で口汚く罵っていくコメントもあって、そういうのはすぐに削除され、ブロックするのかしばらくは消えるが、また現れる。同一人物かどうかはわからない。たぶん複数。
そういう奴らがどこやらの匿名掲示板で篤彦を名指しで誹謗中傷しているらしいこともわかった。
気になるのは、篤彦がいちいち傷ついていることだ。
自分は社会に迷惑をかけるばっかりのクズなんだからひとりで死ぬ。
自分が死ねばみな満足なんだろう。
みたいな書き込みがあっては、好意のコメントを書く読者らに心配をかけ、しばらく落ち着いてはまた「ひとりで死ぬ」が始まる。
俺はブログの最初の最初から読んで、何度も読んだ。
涙が溢れて溢れて・・たまらなかった。
篤彦、なんでこのこと俺たちに言わなかった?
なんで俺たちに助けを求めなかった?
なぜ?
マルは「失敗」したらしい。
他の読者らに混じってブログに励ましのコメントを送り続けていた。
なじんだ頃にメッセージを送り、自分の正体を明かして「一度会いませんか?」と申し出た。すると
なんとブロックされてしまい、コメントもメッセージもできなくなってしまったらしい。
「篤彦、あたしたちには知られたくなかったんだ」
「高校時代、そんなことおくびにも出さなかったでしょ」
「あたしたちだけには知られたくなかったんだ」
「・・それなのに。あたしったら・・なんて無神経なことを」
「余計に篤彦を傷つけることをしちゃったよ・・」
マルはそう言って、また泣いた。
雅之と俺とは顔を見合わせ・・どうしていいかわからなかった。
「どうする?」
「どうするって・・」
「ひとりで死なせるわけにはいかないよなぁ・・」
「そうよ」
「ひとりで死なせちゃだめよ」
それが、とりあえずの結論。
2019年7月23日火曜日
雅之は嘘をつく
雅之が女になろうとしているなんてもちろん嘘だ。
肩幅が狭くて小柄で、茶色っぽい(染めているのかどうかは知らない)ゆるやかにウェーブのかかった髪を長く伸ばしている。
女物のシャツやブラウスやワンピやスカートを好んで身にまとい、それがサマになっている。
だから、背後から女性に間違えられることなんてしょっちゅうある。
前から見ても、顔の輪郭はわりといかつくて鷲鼻気味の鼻にすこし難はあるけど、あどけない二重まぶたの目で大きなヘーゼルにちかい色の瞳をしていて、女の子とみえても不思議ではないアイドル顔である。
コーカサス系とのハーフとも見てみえなくもない見てくれで、知らない人にそう聞かれると「ロシア人の血が1/4混じってるんです」とか嬉しそうに大嘘つくのが常である。
でも、中身はれっきとした男の子。女物を(ファッションで)着るのと女装するのとは大違い。雅之には女装趣味はないし、性自認もはっきり男の子だ。
私が、自分が性別を選び直した経緯を話した小さな講演会で、雅之はなぜかその会場にいて、私を憧れの目で眺めていた。私は、性別をもとの戸籍の男から女に変えた。好きなのは女性で(その当時つきあってたカノジョもいたし)、だからMtFレズビアンというわけね。どうやら雅之は、そういうなんだか「とくべつな」性のありかたに憧れを抱いたらしい。
自堕落にも売春をしてるんじゃないかと、雅之の友人はマジで心配していたけれど、それも嘘ではないかと思う。嘘というよりフィクションね。そういう、現実の自分がぜったいできない冒険を、嘘物語のなかでしているだけ。
そんな大きな嘘だけでなく、こまかい嘘もしょっちゅうつく。
「今日なにしてたの?」
「だれと会ってたの?」
みたいな質問にたいして、実際に自分がそういうふうに実施した事実を話すのではなく、そういうふうにしておく嘘のおはなしを語る。いや、騙る。時と場と相手に応じて。事実はそうではないけどそうしておこう、みたいな感じ?
知ったかぶりもはげしくて、
「〇〇、知ってる?」
みたいな質問にたいして、実際に知ってるかどうかよりも「知ってることにしておくのか、知らないことにしておくのか」の方が重要らしく、しばし考えた末に、前者ならば「知ってる」と答え、後者ならば「知らない」と答える。
知らないかぶりもあって・・
重々知り尽くしていることを、まったく知らないふりして、素っとぼけて質問して、相手に語らせる。
で、聞いて初めて知ったふりして
「へ〜」
とか、感心したふりをしている。
こういうのは虚言癖というのかな?
ちょっと違うような気もする。
雅之なりのコミュニケーションの流儀?
嘘はつくけど、そのことで人を騙したり、窮地に追いやったり、自分に都合の良い状況をつくったりして、自己の利益を謀るわけではない。
他者にたいして悪意ある嘘ではなく、自分のことをこういうふうにしておきたいみたいな嘘? そういうふうにみせておこう、みたいな?
見栄っ張り?
事実とはちと異なるちいさな虚構の世界をつくりあげて、そのなかで生きている。
だから、それが嘘だとばれても、たいして悪びれるわけでもない。
罪のない嘘なので、嘘だとわかった周囲も、べつにそれを追及したりせず、嘘は嘘のままでおいといてやる。「そんなの嘘でしょ!」とか「嘘つき!」とか怒るひとは滅多にいない。
あきらかに(みんなが見抜く)嘘なのに、それが嘘だとわからないひともいるけどね。
正直に生きている人、というか嘘をつく習慣のないひとには、見抜けないのかもしれない。
というか、どうでもいいのかもしれない。
私のような同類には、雅之の嘘はかんたんに見抜けるけどね。
だって私もおんなじことしてるもん・・。
嘘は習慣性だという。でも、それってイケナイことなのかな?
嘘は方便とか、そういう話ではないのだよ。
肩幅が狭くて小柄で、茶色っぽい(染めているのかどうかは知らない)ゆるやかにウェーブのかかった髪を長く伸ばしている。
女物のシャツやブラウスやワンピやスカートを好んで身にまとい、それがサマになっている。
だから、背後から女性に間違えられることなんてしょっちゅうある。
前から見ても、顔の輪郭はわりといかつくて鷲鼻気味の鼻にすこし難はあるけど、あどけない二重まぶたの目で大きなヘーゼルにちかい色の瞳をしていて、女の子とみえても不思議ではないアイドル顔である。
コーカサス系とのハーフとも見てみえなくもない見てくれで、知らない人にそう聞かれると「ロシア人の血が1/4混じってるんです」とか嬉しそうに大嘘つくのが常である。
でも、中身はれっきとした男の子。女物を(ファッションで)着るのと女装するのとは大違い。雅之には女装趣味はないし、性自認もはっきり男の子だ。
私が、自分が性別を選び直した経緯を話した小さな講演会で、雅之はなぜかその会場にいて、私を憧れの目で眺めていた。私は、性別をもとの戸籍の男から女に変えた。好きなのは女性で(その当時つきあってたカノジョもいたし)、だからMtFレズビアンというわけね。どうやら雅之は、そういうなんだか「とくべつな」性のありかたに憧れを抱いたらしい。
自堕落にも売春をしてるんじゃないかと、雅之の友人はマジで心配していたけれど、それも嘘ではないかと思う。嘘というよりフィクションね。そういう、現実の自分がぜったいできない冒険を、嘘物語のなかでしているだけ。
そんな大きな嘘だけでなく、こまかい嘘もしょっちゅうつく。
「今日なにしてたの?」
「だれと会ってたの?」
みたいな質問にたいして、実際に自分がそういうふうに実施した事実を話すのではなく、そういうふうにしておく嘘のおはなしを語る。いや、騙る。時と場と相手に応じて。事実はそうではないけどそうしておこう、みたいな感じ?
知ったかぶりもはげしくて、
「〇〇、知ってる?」
みたいな質問にたいして、実際に知ってるかどうかよりも「知ってることにしておくのか、知らないことにしておくのか」の方が重要らしく、しばし考えた末に、前者ならば「知ってる」と答え、後者ならば「知らない」と答える。
知らないかぶりもあって・・
重々知り尽くしていることを、まったく知らないふりして、素っとぼけて質問して、相手に語らせる。
で、聞いて初めて知ったふりして
「へ〜」
とか、感心したふりをしている。
こういうのは虚言癖というのかな?
ちょっと違うような気もする。
雅之なりのコミュニケーションの流儀?
嘘はつくけど、そのことで人を騙したり、窮地に追いやったり、自分に都合の良い状況をつくったりして、自己の利益を謀るわけではない。
他者にたいして悪意ある嘘ではなく、自分のことをこういうふうにしておきたいみたいな嘘? そういうふうにみせておこう、みたいな?
見栄っ張り?
事実とはちと異なるちいさな虚構の世界をつくりあげて、そのなかで生きている。
だから、それが嘘だとばれても、たいして悪びれるわけでもない。
罪のない嘘なので、嘘だとわかった周囲も、べつにそれを追及したりせず、嘘は嘘のままでおいといてやる。「そんなの嘘でしょ!」とか「嘘つき!」とか怒るひとは滅多にいない。
あきらかに(みんなが見抜く)嘘なのに、それが嘘だとわからないひともいるけどね。
正直に生きている人、というか嘘をつく習慣のないひとには、見抜けないのかもしれない。
というか、どうでもいいのかもしれない。
私のような同類には、雅之の嘘はかんたんに見抜けるけどね。
だって私もおんなじことしてるもん・・。
嘘は習慣性だという。でも、それってイケナイことなのかな?
嘘は方便とか、そういう話ではないのだよ。
2019年7月17日水曜日
マルという女
篤彦の最期を語らなければならない。
その前に・・マルという女のこと。
俺たちとマルは同じ高校の同窓生にあたる。俺たちが3年生のとき、新1年生として入学してきた。
元は男子校だったのが共学校になって、とりわけ優秀な女子生徒たちを確保することに成功したらしい。
共学になってからの男女の学力差が大きすぎて困っているともあとで聞いた。
なかでも優秀な新1年生の女子がいて、ひさびさに東大現役合格生が出そうだと、職員室全員色めき立っている。そういう噂が生徒の方まで聞こえてきた。教師らも嬉しそうに語っていたしな。
ところが、入学当初からその抜きん出た学力でたちまち学校中に名を馳せたその新1年生女子。夏休みの始まる前に、今度は別の方面で話題を攫(さら)っていった。
こちらはよろしくない噂で。
いやその噂、火のないところに立った煙などではまったくなく、まるっきりの事実であったこと。俺も雅之もちゃんと実体験させていただいたのだけど・・。
公衆便所
って大昔からある身も蓋もない言い草だよな。それにあまりにマッチョで俺は嫌いだけど、言い得て妙とも言えるからどうしようもない。
超優秀な新1年生を持ち上げるのに懸命だった教師らは、今度は一斉に渋い顔になり、何とか噂を揉み消そうと必死になった。けど、事実は事実であることを多くの男子生徒らが実体験してしまったんだから、しょーがない。
それに、揉み消しようにも揉み消しようのないことを、当の1年生女子が始めてしまったのだ。
彼女は、1学期の中途あたりから、昼休みや放課後に校庭や校内の共通スペースでパフォーマンスをやリ始めたのだ。そして、こちらの活動もたちまちのうちに学校中を席巻した。
本人曰く、中学生の頃からピン芸としてよくやってたという。
ちびまる子ちゃんの主題歌を替え歌にして、ピーヒャラピーヒャラ・・踊るポンポコリン・・と踊りをつけながら、学校内外の時事評論を面白おかしく歌ってみせるのである。
歌詞も巧みならば、歌声も美声ではないがすごい迫力があって、生徒らみんなの目を瞠(みは)らせた。
自虐ネタも多くて、自分の尻軽さを自分で嗤うだけでなく、教師からどんだけ説教を受けたかも抜かりなくネタにした。教師らは、ほかのことでも順繰りにサカナにされるので、渋い顔顔がますます苦虫になったけどな・・。
そこで彼女についたあだ名が「マル子」というわけ。
小さい体で色が白くまるまる太っていて、白いゴム鞠(まり)みたいだったこともあり、いつしか小さく約(つづ)まって「マル」という名に落ち着いた。
そういうわけで、あらゆる方面で学校中の注目を集めたマルだったが、当然というか同性の親しい友達はできなかったようで、またファンは大勢いたけど適切な意味でのボーイフレンドも友人もいなかったようで、なぜだか夏休み以降は、俺と雅之と篤彦の三人と行動を共にすることが多くなっていた。
篤彦は、どうやらマルに手を出さなかった男子生徒の一人だったようだ。
俺たちには知る由もなかったが、マルに説教垂れたりもしていたらしい。
同じような説教を教師らにされても洟もひっかけなかったマルは、篤彦の言うことにだけは神妙におとなしく耳を傾けていたらしい。それはそれは、俺たちには不思議だったけど・・。
つまり、力関係はこうだ。マルは俺と雅之の上に君臨する。俺は雅之を支配し、篤彦は雅之にくっつく金魚の糞。そしてマルは、この三人組の中でいちばん弱い篤彦に、頭が上がらなかったというわけ。篤彦はどちらかといえばマルを迷惑がっていたようでもあったけど。
ね、安定してるでしょ?
そんなわけで、俺たちの最終学年の2学期と3学期は、変な女のマルも入れて3人組+1匹(マルはおかしな獣みたいに俺たちに尾いてきていた)で楽しく過ごした。
でも、卒業してからはバラバラになってしまった。俺は普通の私学の文系大学、雅之は美術系の短大、篤彦は大学に行かず専門学校という選択をしたもんで。
しかも、相変わらず近所に住んでいて家同士(特に母親同士)仲の良い雅之と俺とはそれなりに付き合いは続いたが、篤彦は卒業後誰にも何も言わずどこかに引っ越してしまったらしく、連絡がつかなくなってしまった。
*
それから2年、マルが最終学年になった頃。
本人曰く、校内では随分おとなしくなって教師らをホッとさせている。その代わり校外に活躍の場を求めていると。さる場所で知り合った年上の男たち数名とバンドを組んでいるのだと。
ある日、そのバンドの初ライブの知らせを受け取り、俺と雅之と二人、いそいそとライブハウスに駆けつけた。
またちびまる子ちゃんの替え歌でもやるのかと思っていたら、そのときは見違えるほど大人っぽくキラキラに化粧して真っ黒のコスチュームをまとったマルは、歌詞があるのかないのかわからない意味不明のコトバを、これまたわけのわからない電子音とちょっと変なビートに乗せて、がなり立てていた。
つまりは、全体としては意味不明の狂騒的な雑音に近い音のパフォーマンス。何が何だかわからなかったが、でもまあ、ともかく、カッコいいことはカッコよかったな。
で、その時のこと。
ライブが終わってからも打ち上げがあるというので図々しくも居座った俺たちを見つけると、マルは開口一番、
「篤彦はどうしたのよ?」と、絡むように言う。
「篤彦よ、なんで篤彦を連れてこなかったのよ?」
俺たちよりも篤彦に会いたかったわけね。
「えーと・・あの、だって、篤彦引っ越したらしくって、所在不明なんだ」
と事実を述べると、
「あんたら、篤彦がどうしてるか知ってるの?」
と、ふたたび絡むように言う。
「いや・・知らないけど・・」
「マルは知ってるの?」と雅之。
「あたしも知らない。でも知ってる。・・知ってるのは、篤彦が書いてるブログだけ」
「ブログ? へえ・・篤彦がブログ書いてんの?」
「そんなことするタイプだとは思わなかったけどな」と雅之。
「篤彦、まずいよ。あれ、決定的にまずい」とマル。
「へええ・・なんで?」
「読んでみるとわかる」
「へえええ・・」
そう言われたって、その時点ではなにがどうなんだか、サッパリわからない。
「あんたら、篤彦のこと、放っといちゃダメよ! ちゃんと見張ってやってよ」
「見張るったって・・居場所もわかんないんだよ?」
「そーゆーマルは、何もしないわけ?」と雅之。(ただしいツッコミである)。
「やれるんならとっくにやってるよ。あたしだって、あたしだって、あたしだって、何にもできないんだから困ってんじゃん・・」
そう言い終わると、一息、息を吸いこんでから、マルは大声で泣きはじめた。
吠えるような泣き声で、傷ついたおおきな獣のように泣いた。
泣いて泣いて泣いて・・いつまでも泣き止まなかった。
店の人も、その席にいたほかの人たちも、びっくりしてしまって、なんとかマルをなだめようとしたが、無駄だった。
長く長く長く・・続くマルの泣き声は、ライブのパフォーマンスそのものよりも、ずっとずっとずっと俺たちの記憶に残ったよ。
酔ってたうえに、なんだかイケナイお薬とかもやっていたのかな?
ふだんからハイテンションなマルが、それに輪をかけてハイテンションだったから、すぐわかったけど・・。
その前に・・マルという女のこと。
俺たちとマルは同じ高校の同窓生にあたる。俺たちが3年生のとき、新1年生として入学してきた。
元は男子校だったのが共学校になって、とりわけ優秀な女子生徒たちを確保することに成功したらしい。
共学になってからの男女の学力差が大きすぎて困っているともあとで聞いた。
なかでも優秀な新1年生の女子がいて、ひさびさに東大現役合格生が出そうだと、職員室全員色めき立っている。そういう噂が生徒の方まで聞こえてきた。教師らも嬉しそうに語っていたしな。
ところが、入学当初からその抜きん出た学力でたちまち学校中に名を馳せたその新1年生女子。夏休みの始まる前に、今度は別の方面で話題を攫(さら)っていった。
こちらはよろしくない噂で。
いやその噂、火のないところに立った煙などではまったくなく、まるっきりの事実であったこと。俺も雅之もちゃんと実体験させていただいたのだけど・・。
公衆便所
って大昔からある身も蓋もない言い草だよな。それにあまりにマッチョで俺は嫌いだけど、言い得て妙とも言えるからどうしようもない。
超優秀な新1年生を持ち上げるのに懸命だった教師らは、今度は一斉に渋い顔になり、何とか噂を揉み消そうと必死になった。けど、事実は事実であることを多くの男子生徒らが実体験してしまったんだから、しょーがない。
それに、揉み消しようにも揉み消しようのないことを、当の1年生女子が始めてしまったのだ。
彼女は、1学期の中途あたりから、昼休みや放課後に校庭や校内の共通スペースでパフォーマンスをやリ始めたのだ。そして、こちらの活動もたちまちのうちに学校中を席巻した。
本人曰く、中学生の頃からピン芸としてよくやってたという。
ちびまる子ちゃんの主題歌を替え歌にして、ピーヒャラピーヒャラ・・踊るポンポコリン・・と踊りをつけながら、学校内外の時事評論を面白おかしく歌ってみせるのである。
歌詞も巧みならば、歌声も美声ではないがすごい迫力があって、生徒らみんなの目を瞠(みは)らせた。
自虐ネタも多くて、自分の尻軽さを自分で嗤うだけでなく、教師からどんだけ説教を受けたかも抜かりなくネタにした。教師らは、ほかのことでも順繰りにサカナにされるので、渋い顔顔がますます苦虫になったけどな・・。
そこで彼女についたあだ名が「マル子」というわけ。
小さい体で色が白くまるまる太っていて、白いゴム鞠(まり)みたいだったこともあり、いつしか小さく約(つづ)まって「マル」という名に落ち着いた。
そういうわけで、あらゆる方面で学校中の注目を集めたマルだったが、当然というか同性の親しい友達はできなかったようで、またファンは大勢いたけど適切な意味でのボーイフレンドも友人もいなかったようで、なぜだか夏休み以降は、俺と雅之と篤彦の三人と行動を共にすることが多くなっていた。
篤彦は、どうやらマルに手を出さなかった男子生徒の一人だったようだ。
俺たちには知る由もなかったが、マルに説教垂れたりもしていたらしい。
同じような説教を教師らにされても洟もひっかけなかったマルは、篤彦の言うことにだけは神妙におとなしく耳を傾けていたらしい。それはそれは、俺たちには不思議だったけど・・。
つまり、力関係はこうだ。マルは俺と雅之の上に君臨する。俺は雅之を支配し、篤彦は雅之にくっつく金魚の糞。そしてマルは、この三人組の中でいちばん弱い篤彦に、頭が上がらなかったというわけ。篤彦はどちらかといえばマルを迷惑がっていたようでもあったけど。
ね、安定してるでしょ?
そんなわけで、俺たちの最終学年の2学期と3学期は、変な女のマルも入れて3人組+1匹(マルはおかしな獣みたいに俺たちに尾いてきていた)で楽しく過ごした。
でも、卒業してからはバラバラになってしまった。俺は普通の私学の文系大学、雅之は美術系の短大、篤彦は大学に行かず専門学校という選択をしたもんで。
しかも、相変わらず近所に住んでいて家同士(特に母親同士)仲の良い雅之と俺とはそれなりに付き合いは続いたが、篤彦は卒業後誰にも何も言わずどこかに引っ越してしまったらしく、連絡がつかなくなってしまった。
*
それから2年、マルが最終学年になった頃。
本人曰く、校内では随分おとなしくなって教師らをホッとさせている。その代わり校外に活躍の場を求めていると。さる場所で知り合った年上の男たち数名とバンドを組んでいるのだと。
ある日、そのバンドの初ライブの知らせを受け取り、俺と雅之と二人、いそいそとライブハウスに駆けつけた。
またちびまる子ちゃんの替え歌でもやるのかと思っていたら、そのときは見違えるほど大人っぽくキラキラに化粧して真っ黒のコスチュームをまとったマルは、歌詞があるのかないのかわからない意味不明のコトバを、これまたわけのわからない電子音とちょっと変なビートに乗せて、がなり立てていた。
つまりは、全体としては意味不明の狂騒的な雑音に近い音のパフォーマンス。何が何だかわからなかったが、でもまあ、ともかく、カッコいいことはカッコよかったな。
で、その時のこと。
ライブが終わってからも打ち上げがあるというので図々しくも居座った俺たちを見つけると、マルは開口一番、
「篤彦はどうしたのよ?」と、絡むように言う。
「篤彦よ、なんで篤彦を連れてこなかったのよ?」
俺たちよりも篤彦に会いたかったわけね。
「えーと・・あの、だって、篤彦引っ越したらしくって、所在不明なんだ」
と事実を述べると、
「あんたら、篤彦がどうしてるか知ってるの?」
と、ふたたび絡むように言う。
「いや・・知らないけど・・」
「マルは知ってるの?」と雅之。
「あたしも知らない。でも知ってる。・・知ってるのは、篤彦が書いてるブログだけ」
「ブログ? へえ・・篤彦がブログ書いてんの?」
「そんなことするタイプだとは思わなかったけどな」と雅之。
「篤彦、まずいよ。あれ、決定的にまずい」とマル。
「へええ・・なんで?」
「読んでみるとわかる」
「へえええ・・」
そう言われたって、その時点ではなにがどうなんだか、サッパリわからない。
「あんたら、篤彦のこと、放っといちゃダメよ! ちゃんと見張ってやってよ」
「見張るったって・・居場所もわかんないんだよ?」
「そーゆーマルは、何もしないわけ?」と雅之。(ただしいツッコミである)。
「やれるんならとっくにやってるよ。あたしだって、あたしだって、あたしだって、何にもできないんだから困ってんじゃん・・」
そう言い終わると、一息、息を吸いこんでから、マルは大声で泣きはじめた。
吠えるような泣き声で、傷ついたおおきな獣のように泣いた。
泣いて泣いて泣いて・・いつまでも泣き止まなかった。
店の人も、その席にいたほかの人たちも、びっくりしてしまって、なんとかマルをなだめようとしたが、無駄だった。
長く長く長く・・続くマルの泣き声は、ライブのパフォーマンスそのものよりも、ずっとずっとずっと俺たちの記憶に残ったよ。
酔ってたうえに、なんだかイケナイお薬とかもやっていたのかな?
ふだんからハイテンションなマルが、それに輪をかけてハイテンションだったから、すぐわかったけど・・。
2019年7月9日火曜日
台風の夜
でも篤彦はもういない。
いまでは
雅之の耳のなかに響く声だけの存在になっちまった。
・・つまりこの世に生きた生身の存在ではなくなっちまった
ってこと。
その話をする前に。
一度だけ篤彦と一緒の夜を過ごしたことがある。
って誤解を招くよな(笑)。一緒にオールナイトの映画館で朝まで一緒にいたというだけの話。
あの日、台風が近づいてきていたのを気にせず、俺と篤彦と二人で、ある映画館に映画を観に行った。
入れ替え制の最終回の上映に入ろうとして、映画館のスタッフにこう言われた。
「台風が近づいていて、この上映が終わる時間帯には交通機関などが止まる可能性があります。ですので、この回の上映は中止になります。」
そうなのか、それはいいよ。
でも、だとしたら、俺たちの持ってる(金券ショップで調達してきた)前売券が無駄になってしまう。
「ん。じゃあこの前売券、払い戻ししてくれる?」
「・・あの、この前売券は明日までになっておりますので、払い戻しはできません。」
「明日までったって、俺たち高校生だよ? 今日は祝日なので来れたけど、明日だと平日だから来れない。つまり、せっかく買ったのにこの前売券は無駄になる。そういう事情があるんだから払い戻してくれないと」
「・・すみません。規定上払い戻しはできません。」
ちょっと怯えたような眼をした温順しそうな(おとなしそうな)男のスタッフだったが、いくら言っても聞かなかった。
何度かの押し問答の末、俺が「では支配人呼んで来い」と言いかけたのを篤彦が制して
「島ちゃん、もういいよ」
と言った。
篤彦は、こういうとき優しい。
客の立場ではなく店(とか売る側)の立場を理解する。
映画館スタッフが困惑しているのを目にして「もういいよ」と言った。
チェッ! 仕方なく退散した。
何する? 二人でゲーセン行って遊んで時間つぶししているうちに、本当に台風はやってきて、帰りの電車が残らずストップしているのを聞かされた。
「・・うわぁ・・どうする?」
「オールナイトの映画館でも行くか」と篤彦。
「だってさっきのとこだって上映中止だって。どこ行っても同じやないか?」
「大丈夫。俺の知ってるとこなら必ずやってるから」
「どこだよ?それ」
で、台風でも動いている地下鉄を使ってその映画館に行くと、篤彦の言うとおりだった。
顔馴染みらしいモギリのおばちゃんは、台風のなんのとは一言も言わず、俺たちが高校生であることもわかっていながら、普通にチケットを切って通してくれた。
そのときが俺は初めてだったが、あとでときどき行くようになったその映画館は、入れ替え制などとケチくさいことは言わず、一度チケット買って入ったら朝から晩まで、オールナイト明けまでいたって構わない。
あとから聞くと、俺の叔父もしばしば通ったことがあったということだった。韓国映画や中国映画をよくやっていて、ほかの館では観られないものが観られた。
ビル一つがまるごと映画館になっていて、2階の2館がロードショー館。大手がやらないような(というか落ちこぼれてきた)類の映画を封切りでやっていた。1階はロードショー落ちの映画を2本立てでやる二番館。地階は洋ピン中心のピンク映画館だった。すべての館が連日オールナイト。篤彦は中学生の頃からこの館によく来ていて、オールナイトで朝まで居たりして、モギリのおばちゃんらに可愛がられていたらしい。
実はそこに篤彦の特殊な事情があったんだけど・・でもまあ、その台風の夜はそんなことは知らなかった。
どの映画にしようか?と迷った末、封切館の一つに入った。
なんだかひどい映画だったな! B級SFの匂いがぷんぷんするチープなヨーロッパ映画で、美形の(つまり外見のよろしい)人々ほど位が高く支配階級である未来の惑星で、醜形のミュータントらが反乱軍を組織し、その惑星に侵略して悪の限りを尽くす、みたいな。で、そのミュータント軍団には、世界的に有名な醜形女優だったり、侏儒(ミジェット)の俳優だったり、ホンモノの障害者(ということば自体は俺は嫌いだけど)がぞろぞろキャスティングされているのだ。これってPC的に(もちろんpersonal computerではなくてpolitical correctnessのほうな)どうなんだ?? いや、障害者(ということばは嫌いだが)独特の身体的条件を生かした表現自体はいいと思うよ。そういうコンテンポラリーダンスだのアール・ブリュットだの素晴らしいと思いこそすれ文句をつける筋合いなどない。しかし、わざわざ「醜形ミュータントの悪の侵略軍」って設定って、どないやねん??
とは言え、篤彦と俺はゲラゲラ笑いながらその映画を楽しく鑑賞し、外ではびゅーびゅー台風の暴風雨が吹き荒れているのを聞いて、2度目の上映の途中くらいですっかり眠くなって二人して寝てしまって、気がつくともう朝で、台風一過、爽やかな綺麗な青空になっていた。気持ちよく映画館を出て朝の電車で家に帰り、遅刻して学校に行き、授業中はすやすやと居眠りした。
いまでは
雅之の耳のなかに響く声だけの存在になっちまった。
・・つまりこの世に生きた生身の存在ではなくなっちまった
ってこと。
その話をする前に。
一度だけ篤彦と一緒の夜を過ごしたことがある。
って誤解を招くよな(笑)。一緒にオールナイトの映画館で朝まで一緒にいたというだけの話。
あの日、台風が近づいてきていたのを気にせず、俺と篤彦と二人で、ある映画館に映画を観に行った。
入れ替え制の最終回の上映に入ろうとして、映画館のスタッフにこう言われた。
「台風が近づいていて、この上映が終わる時間帯には交通機関などが止まる可能性があります。ですので、この回の上映は中止になります。」
そうなのか、それはいいよ。
でも、だとしたら、俺たちの持ってる(金券ショップで調達してきた)前売券が無駄になってしまう。
「ん。じゃあこの前売券、払い戻ししてくれる?」
「・・あの、この前売券は明日までになっておりますので、払い戻しはできません。」
「明日までったって、俺たち高校生だよ? 今日は祝日なので来れたけど、明日だと平日だから来れない。つまり、せっかく買ったのにこの前売券は無駄になる。そういう事情があるんだから払い戻してくれないと」
「・・すみません。規定上払い戻しはできません。」
ちょっと怯えたような眼をした温順しそうな(おとなしそうな)男のスタッフだったが、いくら言っても聞かなかった。
何度かの押し問答の末、俺が「では支配人呼んで来い」と言いかけたのを篤彦が制して
「島ちゃん、もういいよ」
と言った。
篤彦は、こういうとき優しい。
客の立場ではなく店(とか売る側)の立場を理解する。
映画館スタッフが困惑しているのを目にして「もういいよ」と言った。
チェッ! 仕方なく退散した。
何する? 二人でゲーセン行って遊んで時間つぶししているうちに、本当に台風はやってきて、帰りの電車が残らずストップしているのを聞かされた。
「・・うわぁ・・どうする?」
「オールナイトの映画館でも行くか」と篤彦。
「だってさっきのとこだって上映中止だって。どこ行っても同じやないか?」
「大丈夫。俺の知ってるとこなら必ずやってるから」
「どこだよ?それ」
で、台風でも動いている地下鉄を使ってその映画館に行くと、篤彦の言うとおりだった。
顔馴染みらしいモギリのおばちゃんは、台風のなんのとは一言も言わず、俺たちが高校生であることもわかっていながら、普通にチケットを切って通してくれた。
そのときが俺は初めてだったが、あとでときどき行くようになったその映画館は、入れ替え制などとケチくさいことは言わず、一度チケット買って入ったら朝から晩まで、オールナイト明けまでいたって構わない。
あとから聞くと、俺の叔父もしばしば通ったことがあったということだった。韓国映画や中国映画をよくやっていて、ほかの館では観られないものが観られた。
ビル一つがまるごと映画館になっていて、2階の2館がロードショー館。大手がやらないような(というか落ちこぼれてきた)類の映画を封切りでやっていた。1階はロードショー落ちの映画を2本立てでやる二番館。地階は洋ピン中心のピンク映画館だった。すべての館が連日オールナイト。篤彦は中学生の頃からこの館によく来ていて、オールナイトで朝まで居たりして、モギリのおばちゃんらに可愛がられていたらしい。
実はそこに篤彦の特殊な事情があったんだけど・・でもまあ、その台風の夜はそんなことは知らなかった。
どの映画にしようか?と迷った末、封切館の一つに入った。
なんだかひどい映画だったな! B級SFの匂いがぷんぷんするチープなヨーロッパ映画で、美形の(つまり外見のよろしい)人々ほど位が高く支配階級である未来の惑星で、醜形のミュータントらが反乱軍を組織し、その惑星に侵略して悪の限りを尽くす、みたいな。で、そのミュータント軍団には、世界的に有名な醜形女優だったり、侏儒(ミジェット)の俳優だったり、ホンモノの障害者(ということば自体は俺は嫌いだけど)がぞろぞろキャスティングされているのだ。これってPC的に(もちろんpersonal computerではなくてpolitical correctnessのほうな)どうなんだ?? いや、障害者(ということばは嫌いだが)独特の身体的条件を生かした表現自体はいいと思うよ。そういうコンテンポラリーダンスだのアール・ブリュットだの素晴らしいと思いこそすれ文句をつける筋合いなどない。しかし、わざわざ「醜形ミュータントの悪の侵略軍」って設定って、どないやねん??
とは言え、篤彦と俺はゲラゲラ笑いながらその映画を楽しく鑑賞し、外ではびゅーびゅー台風の暴風雨が吹き荒れているのを聞いて、2度目の上映の途中くらいですっかり眠くなって二人して寝てしまって、気がつくともう朝で、台風一過、爽やかな綺麗な青空になっていた。気持ちよく映画館を出て朝の電車で家に帰り、遅刻して学校に行き、授業中はすやすやと居眠りした。
2019年7月8日月曜日
三人組
俺と雅之は幼馴染でご近所さん同士。一緒に電車乗って剣道の道場通ったり、やっぱり一緒に電車乗ってサッカーのクラブチームに通ったりした。母の韓国料理教室の常連である近所のおばちゃんに教えてもらったことだが、俺と雅之はその電車内で美少年コンビとしてひそかに有名だったらしい。(いや俺が「美少年」とか自称したわけじゃないし)。
しかしまあ言われてみれば思い当たる。電車の中で他人(「たにん」と読むな「ひと」と読んでくれ)の迷惑かえりみず(いやすこしは顧みて)じゃれあってた俺たちふたり、大人になってから記憶の映像を遡及的に構成すると、まあ絵になってたんだろうな。
俺は一重まぶたで顎が細く鼻筋がすっと通った典型的な東アジア系(弥生系?渡来民族系?)の顔、雅之は日本人にしては髪の毛も瞳の色も茶色っぽく二重まぶたで目大きく鼻高くハーフじゃないかと言われたりもするぐらい(本人図に乗ってそう言われると「ロシア人の血が1/4入ってるんですと大嘘ついたりしていた)バタ臭い顔(というか縄文顔?)。対照的な二人の美少年(だから自称したわけじゃないって)が、電車の中でほたえあい、大人たちの鑑賞の的になっていたわけだ。
サッカーやめてからは二人ともスポーツはしなくなったが、俺は本が好きでよく読むタイプ、雅之はおバカだけど美術的センスがあってよく絵を描くタイプ。正反対のタイプがよく二人でつるんでいた。俺がたくさん本読んでることを尊敬し、俺が言うことをなんでも信じるので、嘘ついてからかったりホラ話がどこまで通じるか試したり、バカ話に興じるのがおもしろかった。(「あんたたち見てたら漫才みたい」とはのちに知り合ったマルのセリフ。「トリオ漫才」とは言われなくて篤彦はすこし悔しそうな淋しそうな顔をしていた。)
篤彦がこの鉄壁の二人に加わったのはいつ頃だっけか? どちらかといえば小柄な俺たちに対し、篤彦はがっちりと体が大きくこち亀の両さんの少年時代か、みたいな四角い顔。そのくせ意外と気は小さく、三人の中ではリーダー格の俺の顔をいつも窺うようなところがあった。セクシャリティとかではなく男子校のホモソーシャルな関係の中で、篤彦は俺の顔を窺いつつ雅之が好きだったようだ。雅之が入ると篤彦も追って美術部に所属し、大きなどんがらにいかつい顔してニコニコ機嫌よく小柄でハーフっぽい顔した雅之に金魚の糞みたいについて歩くのが傍(はた)から見ていてちと笑える光景だった。
俺はいつしか詩を書くことを覚え、高校生のあいだに一冊の手作り小冊子を編んだ。そして雅之に挿絵を依頼した。「俺のはいいの?」と篤彦。「いい、お前のは下手だもん」と言ったときの悔しそうな顔。「それに、俺の詩の雰囲気と合わないし」と言うと、少しホッとしたような顔をした。編集作業は三人でおこなった。ああでもない、こうでもないと、詩をならびかえたり、レイアウトしてみたり、どんなイラストをつけるか下絵を描いたり、三人であたまつき合わせて何日も過ごしたのがめちゃくちゃ楽しかったな。
できあがると販売に奔走したのはまず篤彦で、ほとんど押し売りのように学校中のクラスメートに売って歩いた。俺と雅之のファンの女子は多かったので(いや、ほんまに客観的に)けっこう売れた。休日には三人でターミナル駅まで出かけていき、座りこんで通行人に売ったりもした。おもに初老以上のおっちゃん、おばちゃんらが「頑張りや〜」と声かけて買ってくれたのがうれしかったな・・。
しかしまあ言われてみれば思い当たる。電車の中で他人(「たにん」と読むな「ひと」と読んでくれ)の迷惑かえりみず(いやすこしは顧みて)じゃれあってた俺たちふたり、大人になってから記憶の映像を遡及的に構成すると、まあ絵になってたんだろうな。
俺は一重まぶたで顎が細く鼻筋がすっと通った典型的な東アジア系(弥生系?渡来民族系?)の顔、雅之は日本人にしては髪の毛も瞳の色も茶色っぽく二重まぶたで目大きく鼻高くハーフじゃないかと言われたりもするぐらい(本人図に乗ってそう言われると「ロシア人の血が1/4入ってるんですと大嘘ついたりしていた)バタ臭い顔(というか縄文顔?)。対照的な二人の美少年(だから自称したわけじゃないって)が、電車の中でほたえあい、大人たちの鑑賞の的になっていたわけだ。
サッカーやめてからは二人ともスポーツはしなくなったが、俺は本が好きでよく読むタイプ、雅之はおバカだけど美術的センスがあってよく絵を描くタイプ。正反対のタイプがよく二人でつるんでいた。俺がたくさん本読んでることを尊敬し、俺が言うことをなんでも信じるので、嘘ついてからかったりホラ話がどこまで通じるか試したり、バカ話に興じるのがおもしろかった。(「あんたたち見てたら漫才みたい」とはのちに知り合ったマルのセリフ。「トリオ漫才」とは言われなくて篤彦はすこし悔しそうな淋しそうな顔をしていた。)
篤彦がこの鉄壁の二人に加わったのはいつ頃だっけか? どちらかといえば小柄な俺たちに対し、篤彦はがっちりと体が大きくこち亀の両さんの少年時代か、みたいな四角い顔。そのくせ意外と気は小さく、三人の中ではリーダー格の俺の顔をいつも窺うようなところがあった。セクシャリティとかではなく男子校のホモソーシャルな関係の中で、篤彦は俺の顔を窺いつつ雅之が好きだったようだ。雅之が入ると篤彦も追って美術部に所属し、大きなどんがらにいかつい顔してニコニコ機嫌よく小柄でハーフっぽい顔した雅之に金魚の糞みたいについて歩くのが傍(はた)から見ていてちと笑える光景だった。
俺はいつしか詩を書くことを覚え、高校生のあいだに一冊の手作り小冊子を編んだ。そして雅之に挿絵を依頼した。「俺のはいいの?」と篤彦。「いい、お前のは下手だもん」と言ったときの悔しそうな顔。「それに、俺の詩の雰囲気と合わないし」と言うと、少しホッとしたような顔をした。編集作業は三人でおこなった。ああでもない、こうでもないと、詩をならびかえたり、レイアウトしてみたり、どんなイラストをつけるか下絵を描いたり、三人であたまつき合わせて何日も過ごしたのがめちゃくちゃ楽しかったな。
できあがると販売に奔走したのはまず篤彦で、ほとんど押し売りのように学校中のクラスメートに売って歩いた。俺と雅之のファンの女子は多かったので(いや、ほんまに客観的に)けっこう売れた。休日には三人でターミナル駅まで出かけていき、座りこんで通行人に売ったりもした。おもに初老以上のおっちゃん、おばちゃんらが「頑張りや〜」と声かけて買ってくれたのがうれしかったな・・。
2019年7月6日土曜日
恋するキナコ・純情篇
いまの女優で言えば(ここはあらためて時代に応じて更新されるかもしれないが)土屋太鳳か橋本環奈か。ただ、二人とも短軀で弾けるようなボディの存在感が似ているというだけであって、顔立ちはもっときつくて猫顔で、ことに目が猫目そのもので、昔昔の鈴木杏にそっくりかもしれない。
その猫娘、めちゃ素直で人懐っこく、私のことを「尊敬」してくれているのは犇々と(牛三頭分)伝わる。
あの日、私の右隣にちょこんと陣取り、私の話に真剣に耳を傾けていた。テキは、ホントにまったくどうしようもなく話をすればするほど死ぬほど無知で無教養で、単純な言い回しひとつ知らず、言葉を知らず、世界史や日本史の重要局面を知らず、抽象概念も知らない。それをいちいち解説してやると真剣に聴いている。(明日まで覚えているかどうか、定かではないが・・)。
えーと、すなわち、要点は、彼女は私のことはこのうえなく尊敬できる先輩として慕ってくれてはいるけれど、恋愛対象としてはこれっぽっちも見てくれてないということね。
・・あああ・・私ってばなんて純情でおバカなことを書いてること!
その猫娘、めちゃ素直で人懐っこく、私のことを「尊敬」してくれているのは犇々と(牛三頭分)伝わる。
あの日、私の右隣にちょこんと陣取り、私の話に真剣に耳を傾けていた。テキは、ホントにまったくどうしようもなく話をすればするほど死ぬほど無知で無教養で、単純な言い回しひとつ知らず、言葉を知らず、世界史や日本史の重要局面を知らず、抽象概念も知らない。それをいちいち解説してやると真剣に聴いている。(明日まで覚えているかどうか、定かではないが・・)。
えーと、すなわち、要点は、彼女は私のことはこのうえなく尊敬できる先輩として慕ってくれてはいるけれど、恋愛対象としてはこれっぽっちも見てくれてないということね。
・・あああ・・私ってばなんて純情でおバカなことを書いてること!
2019年6月20日木曜日
うしろすがた ー 夢みるキナコ
いつも君のうしろすがたばかりみてきた。
なにかに夢中な君の
肩がふるえたり あがったりさがったり あたまがうごいたり
君のうしろあたまを 鑑賞しながら
君の感情を一緒になって味わっていた。
一心に作業する君の
背中のたたずまい 腕の動き 手の指の繊細な仕草
安らかに立った足から すこし傾けた頭まで
君の動作にみとれていた。
ダンスする君の
揺れる肩 うねる腰つき めくるめく のびる折れる交叉する 手足
俯く仰向くねじる 首あたまから 振れるたなびく髪
フロアを踏む跳ねる飛ぶ 足先まで
君のリズムを 一緒になって感じていた。
でも 私が手をのばして触れることは許されない。
さわれない。
禁じられているから
眼だけで たいせつに たいせつに かいなでていた。
一度だけ
おまえを うしろから
つかまえることが できそうだった
一瞬
おまえの はだかの 白い やわらかい ししむらを
私の 両のてのひらに ふかく ふかく つつみこみ
いまにも 抱きあげることが できそうだった
瞬間が
でも
おまえは 私の両の手をすりぬけ
たたたたたたたっと 駆けて
空に跳びあがり
そのまま 中空に ふっと 消えてしまったのだ。
まるで 天の神に 喚ばれた
あがないの ちいさな いきもののように
うしろすがたのままで
そのまんま 永遠に
消えた
あれは
夢
あの瞬間は
夢
おまえの ししむらの 感触は
あんなにも ありありと 私のてのひらに
記憶されているのに
夢から醒めて ひとしきり泣いたよ。私は
ぽろぽろ 涙流して
えんえん 声だして 泣いたよ
それが夢だったのが 悲しくて
それが夢だったのに 安堵して
うつつにもどれば
君のうしろすがたは あいかわらず そこにある。
生きている にんげんとして そこにある。
躍動する ししむらとして そこにある。
でも やはり それは うしろすがたのままで
私の 手の届かないところにある。
前向いて喋ったりすると嘘つくからね、人間は。
なんて話ではない。
君は永遠にうしろすがたの ままだから。
なにかに夢中な君の
肩がふるえたり あがったりさがったり あたまがうごいたり
君のうしろあたまを 鑑賞しながら
君の感情を一緒になって味わっていた。
一心に作業する君の
背中のたたずまい 腕の動き 手の指の繊細な仕草
安らかに立った足から すこし傾けた頭まで
君の動作にみとれていた。
ダンスする君の
揺れる肩 うねる腰つき めくるめく のびる折れる交叉する 手足
俯く仰向くねじる 首あたまから 振れるたなびく髪
フロアを踏む跳ねる飛ぶ 足先まで
君のリズムを 一緒になって感じていた。
でも 私が手をのばして触れることは許されない。
さわれない。
禁じられているから
眼だけで たいせつに たいせつに かいなでていた。
一度だけ
おまえを うしろから
つかまえることが できそうだった
一瞬
おまえの はだかの 白い やわらかい ししむらを
私の 両のてのひらに ふかく ふかく つつみこみ
いまにも 抱きあげることが できそうだった
瞬間が
でも
おまえは 私の両の手をすりぬけ
たたたたたたたっと 駆けて
空に跳びあがり
そのまま 中空に ふっと 消えてしまったのだ。
まるで 天の神に 喚ばれた
あがないの ちいさな いきもののように
うしろすがたのままで
そのまんま 永遠に
消えた
あれは
夢
あの瞬間は
夢
おまえの ししむらの 感触は
あんなにも ありありと 私のてのひらに
記憶されているのに
夢から醒めて ひとしきり泣いたよ。私は
ぽろぽろ 涙流して
えんえん 声だして 泣いたよ
それが夢だったのが 悲しくて
それが夢だったのに 安堵して
うつつにもどれば
君のうしろすがたは あいかわらず そこにある。
生きている にんげんとして そこにある。
躍動する ししむらとして そこにある。
でも やはり それは うしろすがたのままで
私の 手の届かないところにある。
前向いて喋ったりすると嘘つくからね、人間は。
なんて話ではない。
君は永遠にうしろすがたの ままだから。
2019年6月19日水曜日
恋するキナコ
たとえば
のぼっていくエスカレータで
おりてくるエスカレータに乗っている
素敵な子をチェックする。
ひとりひとり
あ、この子いいな。
この子、綺麗な顔だち。
洗練されてる!
この子もステキ
おお!完璧!
JRから地下鉄まであるくまに
地下鉄から職場まであるくまに
すれちがう顔をいちいちチェックする。
ひとりひとり
わ、可愛い!
おお、かっこいい!
地味に端正
個性的。
すっごい 繊細!
おお!かんぺき
ステキな子にばっかり目がいく
綺麗な顔をさがしてあるく
私の眼の
面食い癖はとまらない
ああ
それでも
どうしてこの子じゃいけないの?
この子でもよかったやん
こっちのほうが客観的には
ずっとイケてるのに
なんでこっちのほうを
好きにならなかったの?
すれちがう子
すれちがう子
やっぱり
あの子
ではない。
あの子とちがう
べつの子 なのだ。
あの子の顔はひとつしかなく
それは 綺麗で素敵で申し分ないけど
たぶん 他の子にくらべて 圧倒的に秀でているとか
たくさんのなかで 客観的にナンバーワンとかではなくて
それでも
ひとつしかない。
あの子だけが
私のファンタジー。
いちばん好きなのは
あの子 だけ
そのファンタジーが生身の人間となって
どこかで生きているのが 奇跡である。
いまも どこかで 生きている。
私の いまが すれちがう
この子ではなく
いま おもわず 目の合った
こちらの子でもなく
のぼっていくエスカレータで
おりてくるエスカレータに乗っている
素敵な子をチェックする。
ひとりひとり
あ、この子いいな。
この子、綺麗な顔だち。
洗練されてる!
この子もステキ
おお!完璧!
JRから地下鉄まであるくまに
地下鉄から職場まであるくまに
すれちがう顔をいちいちチェックする。
ひとりひとり
わ、可愛い!
おお、かっこいい!
地味に端正
個性的。
すっごい 繊細!
おお!かんぺき
ステキな子にばっかり目がいく
綺麗な顔をさがしてあるく
私の眼の
面食い癖はとまらない
ああ
それでも
どうしてこの子じゃいけないの?
この子でもよかったやん
こっちのほうが客観的には
ずっとイケてるのに
なんでこっちのほうを
好きにならなかったの?
すれちがう子
すれちがう子
やっぱり
あの子
ではない。
あの子とちがう
べつの子 なのだ。
あの子の顔はひとつしかなく
それは 綺麗で素敵で申し分ないけど
たぶん 他の子にくらべて 圧倒的に秀でているとか
たくさんのなかで 客観的にナンバーワンとかではなくて
それでも
ひとつしかない。
あの子だけが
私のファンタジー。
いちばん好きなのは
あの子 だけ
そのファンタジーが生身の人間となって
どこかで生きているのが 奇跡である。
いまも どこかで 生きている。
私の いまが すれちがう
この子ではなく
いま おもわず 目の合った
こちらの子でもなく
2019年6月12日水曜日
わたしはたわし
オレが一人称オレなのは、わたしという一人称が嫌いだからだ。
わたしは、わたしは、を連呼する女をみると、たわしは、たわしは、に
きこえてくる。
そのうち、たわしあたまの、棒のようなからだつきの女が、みえてくる。
さけぶたわしの、まんなかあたりがどうにもいやらしくて 卑猥でさ。
茶色く ぴんぴんびっしり生えた毛がビーバー(もちろん隠語)を思い出させる。
ああ、でも たわしにまですら至らなくて幼児みたいに自分の下の名を自分の一人称にする女なんて論外だぜ。
どういうわけかそういうのにかぎって意気がってたりするのもいるけどああいうのはオレたちの部族ではない。
部族ではない。
誇り高きオレたちの。
ハルの一人称は、世間的には「わたし」だと思われているだろうが、「た」と「し」のあいだにかろうじて聞こえるか聞こえないかの風情で ちいさな「く」がはさまっている。
だから「わたし」ではなく「私」なのだ。
生まれついての(かどうかは知らんがそう思わせる)エレガンスでさ。なにか優雅で 高貴な カンジでさ あの「私」の発音はハルにしかできない。
ハルが男であったときから知っている。
ハルが男でいてくれたらよかったのにな。
大好きだし。
でも、きっと手は出せなかっただろうな。
オレにだって、手を出していい相手と そうでない相手はわかる。
ハルは、大事だから終始手は出せなかった。きっとこれからもずっと。
わたしわたし、たわしたわし、を連発する女の代表格が ペコだけど
あいつだけはまあ許しておく。
わたしわたしわたしを連発しないといけないほどのひ弱な人格があって
あいつはそれを奪われたらどうなってしまうかわからない。
でも じつは だれも ペコの 「わたし」 になんて 興味ない。
あいつはそれがわかってない。いや薄々わかっていながら、目をつぶっている。
だから、ちょっと、ほっとけないところがあってさ。
ホントはあんなタイプの女は大嫌いなんだけどさ。オレの裏人格みたいで
ほっとけないのさ。
誰とでも寝る女と 誰とも寝ない女
という裏ではないよ。念の為。
わたしは、わたしは、を連呼する女をみると、たわしは、たわしは、に
きこえてくる。
そのうち、たわしあたまの、棒のようなからだつきの女が、みえてくる。
さけぶたわしの、まんなかあたりがどうにもいやらしくて 卑猥でさ。
茶色く ぴんぴんびっしり生えた毛がビーバー(もちろん隠語)を思い出させる。
ああ、でも たわしにまですら至らなくて幼児みたいに自分の下の名を自分の一人称にする女なんて論外だぜ。
どういうわけかそういうのにかぎって意気がってたりするのもいるけどああいうのはオレたちの部族ではない。
部族ではない。
誇り高きオレたちの。
ハルの一人称は、世間的には「わたし」だと思われているだろうが、「た」と「し」のあいだにかろうじて聞こえるか聞こえないかの風情で ちいさな「く」がはさまっている。
だから「わたし」ではなく「私」なのだ。
生まれついての(かどうかは知らんがそう思わせる)エレガンスでさ。なにか優雅で 高貴な カンジでさ あの「私」の発音はハルにしかできない。
ハルが男であったときから知っている。
ハルが男でいてくれたらよかったのにな。
大好きだし。
でも、きっと手は出せなかっただろうな。
オレにだって、手を出していい相手と そうでない相手はわかる。
ハルは、大事だから終始手は出せなかった。きっとこれからもずっと。
わたしわたし、たわしたわし、を連発する女の代表格が ペコだけど
あいつだけはまあ許しておく。
わたしわたしわたしを連発しないといけないほどのひ弱な人格があって
あいつはそれを奪われたらどうなってしまうかわからない。
でも じつは だれも ペコの 「わたし」 になんて 興味ない。
あいつはそれがわかってない。いや薄々わかっていながら、目をつぶっている。
だから、ちょっと、ほっとけないところがあってさ。
ホントはあんなタイプの女は大嫌いなんだけどさ。オレの裏人格みたいで
ほっとけないのさ。
誰とでも寝る女と 誰とも寝ない女
という裏ではないよ。念の為。
2019年6月4日火曜日
김치ではない
自分が在日コリアンの詩人とか紹介されると地元に凄すぎる大先輩がいるので俺ごときがそんなふうに名告るのはおこがましいけど、でも、ま、俺の生活のその他の部分がクズ過ぎるんで自分に誇りが持てる部分といえばそこだけしかないわけで、むしろ積極的にそう名乗ることにしている。含みは詩人なんかではとても食えませんので生活をたてる手段は別にあるんです。
そのクズな俺のたつきは・・雅之がどこやらでバラしちまったみたいだけど。
もちろんセックスワークに誇りを持ってるプロの人たちが多いことは承知しているしセックスワーカーが一律人間のクズだとか言いたいわけではない。だけどこの人類史上最も古い職業といわれるこの商売はバスマットのように人に踏みつけられ蔑まれてナンボのところも確かにあって(だからこそ崇高さを帯びるという逆転もまた確かにある。俺はもちろん古代の巫女のようには語れないが・・)クズはクズでしかないことを心得たうえでの稼業ではないかと思っている。もちろんこの世界でキャリアアップしていく気はなく(出世して?めでたく女衒になったらもっとクズだ)自分が商品価値のあるうちにせいぜい稼げるだけ稼ぐ。いまは貯金のためにそうしている。あるていど金がたまればすっぱり足洗って気立ての良い女の子と結婚して正業について身を固めるつもりだ。それまでのモラトリアム。もちろん楽ではないけど金稼ぐ手段だと割り切れば、ね。
しかし俺は、そうやって人間のクズに落ちぶれて風俗やってる自分をどこか他人事(「たにんごと」と読むな「ひとごと」と読んでくれ)として冷静に眺めている自分がいて、そのお陰で自分を保ってられる(つもりでいる)けど、雅之は弱すぎるだろう。もし俺があいつをこの世界に引きずりこんでしまったとすれば、取り返しのつかないことをしてしまったな。あいつには冷静に自分を眺める視点なんて持ちようがないだろ。馬鹿だから。このまんま際限なく堕ちていってしまわないかと心配でたまらない。
俺の長姉は(ちなみに長姉の下に次姉がいて俺は末っ子の長男にあたる)古い日本映画の大ファンで、雅之みたいな馬鹿がいやしくも京大出身で美男の名優とおんなじ名前なんて許せん・・と常々言っている。あいつの両親はそういう意味でつけたんじゃないらしいが。
ある日の馬鹿会話。
俺が(なんかの話の流れで)民団の建物の正面に嫌がらせのように警察署があるのはあれはホントに嫌がらせであって俺たちが何か悪いこと企んでないかと常に監視しているのだ・・という誰でも知ってる有名な話(重言か)をしていると、雅之
「ミンダンてなに?」
小学校のガキの頃からつるんでる友達のくせしてそんなことも知らんのか。
「在日コリアンはミンダン系とソーレン系に分かれるのだよ」
「へーなんで?」
「くに本体が二つに分かれてるからに決まってるだろ」
「へー・・で、島ちゃんはどっちなの?」
「さっきから話題に出ているミンダンである。」
「そうなの。それって北か南かどっちなの?」
「教えてやらん。お前みたいな物知らずは手がつけられない。宿題にするから調べて来い」
わざと意地悪な言い方するとテヘヘと笑った。これだから・・。
俺はといえば、件の民団のやってる韓国語講座に5年も通ってなかなか上達しないナサケナイ日本語ネイティブだ。
家族で本国の親戚を訪ねたり本国から親戚が訪ねてきたりするときは俺以上に韓国語がまったくダメな両親に代わって通訳を務めないといけないのだが笑ってしまうほど不備すぎて、親戚の側からも家族の側からも責めたてられ呆れられる。えーと、それって俺の罪なんですかぁ〜?
くにとの心理的絆はずいぶん薄くなってきている。韓流が話題になりK-POPのアイドルがテレビやなんやに出てきても特に自分とのつながりは感じないし。J-POPもK-POPも似たようなもんやん。(俺自身は洋楽でもっと遡って大昔のブルースやブルースロックが好き)。二人の姉も母も韓流ドラマや韓国映画よりも日本のドラマや映画の方が好きみたいだし。(まったく毛嫌いしているわけではなくそこそこ見ているのだが自分の国だからと特別な思い入れはないようだ)。
但し家族一同、困ったことにスポーツでは断然韓国を応援する。
俺もいまどきの面白い韓国映画、在日コリアン監督の映画に関してはたぶん日本人の普通の子らとそれらとの関係とあんまり変わりないだろうと思う。特に自分がこうだからどうということはない。
趙方豪(「ほうごう」とか読むな「ばんほう」と正しく読んでくれ)といえばそりゃ『ガキ帝国』の優しさすら帯びた兇暴さは申し分ないけど『三月のライオン』の繊細さの方がどちらかといえば好きだとか・・。
ちなみに方豪は、小さい頃から俺が実の親父よりなついてた叔父と同年代で面差しもどこか通うところがあって昔から俺のアイドル。
女優ならばエロい役を演じるときの李美淑이미숙がいいな。・・って古いよな。もちろん同時代ではなく後追いで発見している。実は韓国映画は昔のの方が好き。
俺が日本人の普通の子たち相手にくにネタを話すときは小ネタばっかりで・・
たとえば、在日の青年はちょっと政治的な発言したり活動したりすると3人の尾行がつく。って話も叔父から仕入れた。叔父はちょうど光州事件のあった頃、日本の国立大学で大学生をやっていて同じ大学の在日の学生がスパイ容疑をかけられ韓国当局に拘留されて酷い拷問を受けている事件の解放活動に加わっていた。
叔父が言うには、そんなふうに活動する在日の学生には一人につき3人の尾行がついていたと。一人は日本の公安警察、一人は韓国の諜報機関(悪名高きKCIA?)、いま一人はもちろん朝鮮の諜報機関。うーん、しかしそれって効率的なのか? でも実際にそれで引っ張られる学生もいたらしいし彼らの情報収集力はそれはそれは半端なく優れたものであったらしい。
叔父の世代だと朴正煕박정희だの全斗煥전두환だの口にするだに忌まわしくそれが今となってはパクの娘がなんでこんなにも票を集めてるんだ?といまどきの本国人を信じられないという口勿だがかつて学生も知識人も軒並み左翼であった時代に北朝鮮が地上の楽園とか崇め奉られ若い世代がどんどん帰国していったその後の裏切られ感はハンパなかろう。
総てこの叔父に教えてもらったことだが俺の祖の地にあたる済州島の事件にしても光州事件にしても最近知った神戸朝鮮人学校事件にしても理不尽で悲惨な話はいっぱいある。語られるべき話はいっぱいあって、もちろん悲惨ばかりではなく美しい話、愛すべき話、面白おかしい話、エロい話もグロい話も、祖国はゆたかな物語の群れに満たされている。深いふかい物語の霊のようなものが半島のそこかしこに宝石の鉱脈のように埋もれ隠されている。しかしそれを語るのは俺の任にあまる。それらを語るには自分はまだちっぽけすぎる。
だからとりあえず短い言葉を綴ることから始める。
それも日本語で。
某氏の映画タイトルではないが「あんにょんキムチ」な自分を自分のまま語るところから始めるか・・といったところか。
そうそうそれで思い出したけど俺は松江哲明サン(知り合いではないが)と違ってキムチは大好きだ。母が(「オモニが」とかは恥ずかしくて言えない。「ハルモニ」は言うかも?)漬けたキムチを美味しく毎食のように食べて大きくなったがこの母が漬けたキムチが、日本を訪ねてきた親戚一同の女性陣に物議を醸したことがある。もちろん市販の「キムチの素」なんか一切使っていない、近所の日本人主婦たちを自宅に招んで韓国料理教室まで開いている母が万全を期して渾身で漬け込んだ自慢のキムチである。親戚のなかでも歳の若い女性陣にはおおむね好評だったが年嵩の女性陣は「これは김치ではない기무치だ」と言い張るのだ。ローマ字で綴ると「kimchiではなくkimuchiだ」つまり本国の本物の김치ではなく日本式の偽物のキムチだというわけ。母にしてみれば内心煮えくり返るような思いであったに相違ないがそこは儒教式長幼の序が支配する席で無言のまま頭を下げるしかなかった。俺の舌には韓国で食べるキムチと母が漬けるキムチのどこが違ってんだかわからないけどな。単に俺の舌音痴のせいかもしれないが、また単に親戚のハルモニらのイビリ(順位を思い知らせるための上位から下位への牝鶏のツツキ・・ってホントにそんなのがあるのかどうか知らないが)という可能性もある。
*
ついこないだのゴールデンウィーク。初めて一人で祖国を訪ねた。一人で行くのも初めてだったしいつも済州島の親戚の家に直行するので実はソウルに行くのも初めてだった。連休中の友達との約束が反故になって唐突に思いつき折良く比較的安めの(といっても連休中だから割高ではあったろうけど)航空チケットも手に入った。今回はソウルの空気だけ吸って来ようと思った。
旅先ではいつもそうするようにあてずっぽに街を歩きまわり街の中心部を流れる小さな川のそばが気持ちよさそうだったのでずーっと辿ってキリのいいとこまで行きまた対岸をずーっと戻ってきた。この川端は地元の人たちにとっても憩いの場になっているらしく何人かで滞留している人たちがいたり一人でぼうっと座っている人がいたり俺みたいにぶらぶら散歩している人がいたり川岸の壁面に絵や書が描いてあったりオブジェがあったりところどころでアートや写真の展覧会をやってたり・・。あとで地図をみて清渓川というのだと知った。
この街には街の真ん中に清い渓があるわけだ。
いつかのような渓谷ではないからハヤブサは飛んでなかったけど名前を知らない小鳥たちがせせらぎをちょんちょん渡っていたな・・。
(もちろん「ちょんちょん」がオチではない。俺の上の世代だとゾゾっとするだろか?俺はなにも・・)
そのクズな俺のたつきは・・雅之がどこやらでバラしちまったみたいだけど。
もちろんセックスワークに誇りを持ってるプロの人たちが多いことは承知しているしセックスワーカーが一律人間のクズだとか言いたいわけではない。だけどこの人類史上最も古い職業といわれるこの商売はバスマットのように人に踏みつけられ蔑まれてナンボのところも確かにあって(だからこそ崇高さを帯びるという逆転もまた確かにある。俺はもちろん古代の巫女のようには語れないが・・)クズはクズでしかないことを心得たうえでの稼業ではないかと思っている。もちろんこの世界でキャリアアップしていく気はなく(出世して?めでたく女衒になったらもっとクズだ)自分が商品価値のあるうちにせいぜい稼げるだけ稼ぐ。いまは貯金のためにそうしている。あるていど金がたまればすっぱり足洗って気立ての良い女の子と結婚して正業について身を固めるつもりだ。それまでのモラトリアム。もちろん楽ではないけど金稼ぐ手段だと割り切れば、ね。
しかし俺は、そうやって人間のクズに落ちぶれて風俗やってる自分をどこか他人事(「たにんごと」と読むな「ひとごと」と読んでくれ)として冷静に眺めている自分がいて、そのお陰で自分を保ってられる(つもりでいる)けど、雅之は弱すぎるだろう。もし俺があいつをこの世界に引きずりこんでしまったとすれば、取り返しのつかないことをしてしまったな。あいつには冷静に自分を眺める視点なんて持ちようがないだろ。馬鹿だから。このまんま際限なく堕ちていってしまわないかと心配でたまらない。
俺の長姉は(ちなみに長姉の下に次姉がいて俺は末っ子の長男にあたる)古い日本映画の大ファンで、雅之みたいな馬鹿がいやしくも京大出身で美男の名優とおんなじ名前なんて許せん・・と常々言っている。あいつの両親はそういう意味でつけたんじゃないらしいが。
ある日の馬鹿会話。
俺が(なんかの話の流れで)民団の建物の正面に嫌がらせのように警察署があるのはあれはホントに嫌がらせであって俺たちが何か悪いこと企んでないかと常に監視しているのだ・・という誰でも知ってる有名な話(重言か)をしていると、雅之
「ミンダンてなに?」
小学校のガキの頃からつるんでる友達のくせしてそんなことも知らんのか。
「在日コリアンはミンダン系とソーレン系に分かれるのだよ」
「へーなんで?」
「くに本体が二つに分かれてるからに決まってるだろ」
「へー・・で、島ちゃんはどっちなの?」
「さっきから話題に出ているミンダンである。」
「そうなの。それって北か南かどっちなの?」
「教えてやらん。お前みたいな物知らずは手がつけられない。宿題にするから調べて来い」
わざと意地悪な言い方するとテヘヘと笑った。これだから・・。
俺はといえば、件の民団のやってる韓国語講座に5年も通ってなかなか上達しないナサケナイ日本語ネイティブだ。
家族で本国の親戚を訪ねたり本国から親戚が訪ねてきたりするときは俺以上に韓国語がまったくダメな両親に代わって通訳を務めないといけないのだが笑ってしまうほど不備すぎて、親戚の側からも家族の側からも責めたてられ呆れられる。えーと、それって俺の罪なんですかぁ〜?
くにとの心理的絆はずいぶん薄くなってきている。韓流が話題になりK-POPのアイドルがテレビやなんやに出てきても特に自分とのつながりは感じないし。J-POPもK-POPも似たようなもんやん。(俺自身は洋楽でもっと遡って大昔のブルースやブルースロックが好き)。二人の姉も母も韓流ドラマや韓国映画よりも日本のドラマや映画の方が好きみたいだし。(まったく毛嫌いしているわけではなくそこそこ見ているのだが自分の国だからと特別な思い入れはないようだ)。
但し家族一同、困ったことにスポーツでは断然韓国を応援する。
俺もいまどきの面白い韓国映画、在日コリアン監督の映画に関してはたぶん日本人の普通の子らとそれらとの関係とあんまり変わりないだろうと思う。特に自分がこうだからどうということはない。
趙方豪(「ほうごう」とか読むな「ばんほう」と正しく読んでくれ)といえばそりゃ『ガキ帝国』の優しさすら帯びた兇暴さは申し分ないけど『三月のライオン』の繊細さの方がどちらかといえば好きだとか・・。
ちなみに方豪は、小さい頃から俺が実の親父よりなついてた叔父と同年代で面差しもどこか通うところがあって昔から俺のアイドル。
女優ならばエロい役を演じるときの李美淑이미숙がいいな。・・って古いよな。もちろん同時代ではなく後追いで発見している。実は韓国映画は昔のの方が好き。
俺が日本人の普通の子たち相手にくにネタを話すときは小ネタばっかりで・・
たとえば、在日の青年はちょっと政治的な発言したり活動したりすると3人の尾行がつく。って話も叔父から仕入れた。叔父はちょうど光州事件のあった頃、日本の国立大学で大学生をやっていて同じ大学の在日の学生がスパイ容疑をかけられ韓国当局に拘留されて酷い拷問を受けている事件の解放活動に加わっていた。
叔父が言うには、そんなふうに活動する在日の学生には一人につき3人の尾行がついていたと。一人は日本の公安警察、一人は韓国の諜報機関(悪名高きKCIA?)、いま一人はもちろん朝鮮の諜報機関。うーん、しかしそれって効率的なのか? でも実際にそれで引っ張られる学生もいたらしいし彼らの情報収集力はそれはそれは半端なく優れたものであったらしい。
叔父の世代だと朴正煕박정희だの全斗煥전두환だの口にするだに忌まわしくそれが今となってはパクの娘がなんでこんなにも票を集めてるんだ?といまどきの本国人を信じられないという口勿だがかつて学生も知識人も軒並み左翼であった時代に北朝鮮が地上の楽園とか崇め奉られ若い世代がどんどん帰国していったその後の裏切られ感はハンパなかろう。
総てこの叔父に教えてもらったことだが俺の祖の地にあたる済州島の事件にしても光州事件にしても最近知った神戸朝鮮人学校事件にしても理不尽で悲惨な話はいっぱいある。語られるべき話はいっぱいあって、もちろん悲惨ばかりではなく美しい話、愛すべき話、面白おかしい話、エロい話もグロい話も、祖国はゆたかな物語の群れに満たされている。深いふかい物語の霊のようなものが半島のそこかしこに宝石の鉱脈のように埋もれ隠されている。しかしそれを語るのは俺の任にあまる。それらを語るには自分はまだちっぽけすぎる。
だからとりあえず短い言葉を綴ることから始める。
それも日本語で。
某氏の映画タイトルではないが「あんにょんキムチ」な自分を自分のまま語るところから始めるか・・といったところか。
そうそうそれで思い出したけど俺は松江哲明サン(知り合いではないが)と違ってキムチは大好きだ。母が(「オモニが」とかは恥ずかしくて言えない。「ハルモニ」は言うかも?)漬けたキムチを美味しく毎食のように食べて大きくなったがこの母が漬けたキムチが、日本を訪ねてきた親戚一同の女性陣に物議を醸したことがある。もちろん市販の「キムチの素」なんか一切使っていない、近所の日本人主婦たちを自宅に招んで韓国料理教室まで開いている母が万全を期して渾身で漬け込んだ自慢のキムチである。親戚のなかでも歳の若い女性陣にはおおむね好評だったが年嵩の女性陣は「これは김치ではない기무치だ」と言い張るのだ。ローマ字で綴ると「kimchiではなくkimuchiだ」つまり本国の本物の김치ではなく日本式の偽物のキムチだというわけ。母にしてみれば内心煮えくり返るような思いであったに相違ないがそこは儒教式長幼の序が支配する席で無言のまま頭を下げるしかなかった。俺の舌には韓国で食べるキムチと母が漬けるキムチのどこが違ってんだかわからないけどな。単に俺の舌音痴のせいかもしれないが、また単に親戚のハルモニらのイビリ(順位を思い知らせるための上位から下位への牝鶏のツツキ・・ってホントにそんなのがあるのかどうか知らないが)という可能性もある。
*
ついこないだのゴールデンウィーク。初めて一人で祖国を訪ねた。一人で行くのも初めてだったしいつも済州島の親戚の家に直行するので実はソウルに行くのも初めてだった。連休中の友達との約束が反故になって唐突に思いつき折良く比較的安めの(といっても連休中だから割高ではあったろうけど)航空チケットも手に入った。今回はソウルの空気だけ吸って来ようと思った。
旅先ではいつもそうするようにあてずっぽに街を歩きまわり街の中心部を流れる小さな川のそばが気持ちよさそうだったのでずーっと辿ってキリのいいとこまで行きまた対岸をずーっと戻ってきた。この川端は地元の人たちにとっても憩いの場になっているらしく何人かで滞留している人たちがいたり一人でぼうっと座っている人がいたり俺みたいにぶらぶら散歩している人がいたり川岸の壁面に絵や書が描いてあったりオブジェがあったりところどころでアートや写真の展覧会をやってたり・・。あとで地図をみて清渓川というのだと知った。
この街には街の真ん中に清い渓があるわけだ。
いつかのような渓谷ではないからハヤブサは飛んでなかったけど名前を知らない小鳥たちがせせらぎをちょんちょん渡っていたな・・。
(もちろん「ちょんちょん」がオチではない。俺の上の世代だとゾゾっとするだろか?俺はなにも・・)
2019年6月2日日曜日
マルは大馬鹿だ。
ひと(他者)に対しては容赦ないくせに自分に対しては最大限の気遣いを要求する。ひとは自分を崇めるべき讃えるべき誰よりも大切に扱うべき。自分はfragileでvulnerableなオルゴールなんだから。マルはいつもマルにかしづく男たちに囲まれてそのなかで女王然として気ままに尊大に振舞っている。
しかし私は知っている。私はマルよりもその母親と早く知り合っているがマルが毛嫌いし一見正反対に見えるその母親と一点、母娘で非常に似ているところがあってそれは自己評価が極端に低いこと。二人とも「自分が嫌い」なのだ。母親の方は愚痴ばかり言いつつ夫のDV(主に精神的な)から逃れられないでいてむしろその被害者であることに自分の存在意義を見出しているしマルのニンフォマニアだって各方面に迷惑かけ倒し本人も傷つくだけの(蛸が一本いっぽん自分の足を食うに似て・・って自然の蛸はそんなことしないだろうが比喩でよくいわれるように)魂をみずからすこしずつ喰らって喰らって損なっていくような、あの性癖は肉食系と呼ばれる女子のそれとは同一ではない。だって肉食系女子なら自分の食指の動くところ上手に狩をして自分好みの男(とは限らないが)と上手に遊んで上手に捨てて誰にも迷惑かけず自分の旺盛な食欲を首尾良く満たしてしまいだろう。マルはそうではない。マルが連れてる(連れられている?)男はその都度その都度バラバラでマルにはタイプというものがない。つまり来る者来る者拒まず求められたら誰にでも尾いて(ついて)いく。それが何かとトラブルを引き起こし周囲の迷惑の種になる。上手に遊ぶどころか知らん間に他人(ひと)の男を盗る結果になってたりで泥棒猫とか罵られているところに居合わせたことがあるがあれはワザと盗ろうとして盗っているわけではなく(もしそのつもりならもっと巧くやるはずだ)マルの方がうまく(というより拙劣に)遊ばれただけなのだ。いつもはあれだけ強気で辛辣で女王様キャラのくせに(というよりその女王様キャラのままで)男の要求のいうがまま、なすがままになる。マルはそうやって自分を少しずつ削っていく。マルは自分を崇めさせ同時に自分を踏みつけにさせる。東大狙えるほど賢いくせしてその一点についてはマルは大馬鹿だ。
*
マルがヴォーカルを務めるバンドのライブを聴きにひとりで出かけた夜。演奏が終わって私の姿を認めたマルは「ハルっ!」(←キナコではないほうの私のニックネームね)と叫ぶやあのまんまるのからだで鞠のようにまっすぐ私めがけて飛んできてドッヂボールのように私の胸にドスンと収まり私をぎゅっと抱きしめた。それから熱いくちづけ・・オイオイ・・私はいいんだけど(いやよくはないけど)マルは女好きではないのではなかった?ひとしきり周りの注目を浴びヒューとか口笛吹かれたり呆れられたり囃し立てられたりしたあと・・私の目を上目づかいに捉え直して「うふふふふふふふふふ・・」と含み笑いするマルの目は化猫みたいにあやしく光っていた。入江たか子かチェシャ猫か狡さと愛らしさと邪(よこしま)と妖しをふくんだ猫目。含み笑いをずっとずっと続けるばかりであとは言葉が出ない。いやたぶん言葉を綴ることのできない状態。ドアへの狭い階段を降りるといつもガンジャのぷんと臭うクラブ。なにをやってんだか知らないがなにかやってることだけは見当ついた。
ヴォーカルというよりヴォイスパフォーマンス。意味のない、メロディではない12音階に沿わない突飛な音を声帯や口腔や唇やからだのその他の部分を駆使していろいろたてる。背後にテクノっぽいリズムと音楽はあるもののそれに合わせるでもなく完全に外れるわけではなく音は言葉としては分節しないが耳の端々に意味のカケラを落としていくときもありマルが言うには日本の古典とか誰かの詩とかをやってたりすることもあるそうな。いつもあとの3人(ギター・ドラム・シンセ)は入念にリハーサルしているそうだが自分は最後の最後に(女神降臨よろしく)加わるだけでホントの即興性を保つためにいつもその場かぎりでやるのだと言っていた。
*
シンセ(というよりパソコンはじめあらゆる電子機器)担当の子がカナダからの留学生で結構なアウトドア派でお気に入りの渓谷があるというので新緑の頃その子とマルと私ともう一人いたっけな?誰だっけ?そうだ在日韓国人の詩人の男の子との4人でハイキングに行ったことがあった。なんでそんなメンバーになったか記憶がない。
「この子は在日韓国人でバイ(セクシャル)」とマルが紹介すると
「なんでそれくっつけて言うかな〜」と忌々しそうにその子。
「ごめん。で、詩人」
と言われると姿勢を正して
「〇〇です。よろしく」と初対面の二人に手を差し出した。
いまどきその若さで詩人を誇らしく名乗るところに好感が持てた。
「では国籍もセクシャリティもバラバラな4人のアーティスト御一行様ということで・・」と私。
5月の渓谷は本当に素晴らしくてまぶしくニュアンスある光と風と
山の木々も緑。渓流も緑。この素晴らしい風景は筆で書きつくすことができない。
カナダ人がなぜ自分はこの渓谷が好きでよく訪れるのか美点を数々挙げたなかに
「僕の好きなfalconも飛んでいるし・・」
「falconてなんだ?」と在日韓国人。
「・・鷹、かな?」と私がフランス語の知識を引っ張ってきて言うと
「鷹はhawkでしょ?ホークスは鷹だもんね」とホークスファン(かどうか知らんけどプロ野球ファンではあるらしい?)韓国人。
目の高さに渓谷を行き交うその鳥が確かに猛禽類であることを確かめながら私が
「あ、そうか。・・じゃ小型の鷹?」と言うと
マルが「隼(はやぶさ)」と正解を言った。
(・・東大受験生に負けた)。
あんときは廃線のトンネルの中で4人でやった即興パフォーマンスがいちばんのハイライトだったな。
トンネルの中だから音響がものすごく響いて快い。
廃線のレール、大小の礫、石ころ、木ぎれ、金属片、手持ちのあらゆる持ちものを駆使して打ったり叩いたりぶつけたりこすったり思い思いの音をたて、その音を背景に4人のひとの声を重ねる。メロディや歌詞のある音楽ではなくマルがいつもやるような声のパフォーマンス。声量のあるマルに対抗して男3人が負けじと声をたてる。(え?私も男?)
いい感じになってきたところでマルが私に命令する。
「ハル、踊って」
(そうだった)
(もちろんですとも!)
私は立ち上がり、即興で舞う。
そのときの衣装(そんな予定じゃなかったので単なる普段着の白シャツに墨黒のタイパンツ)にあわせて白の紙に薄墨で書を書いていくようなイメージ。
白い紙が宙を舞う。流れるようにたゆたうように襞をつくりながらしなやかに胡金銓の映画内を吹く風に吹かれるように自由に気ままに・・。紙を追って、たっぷり墨を含んだ筆が舞う。紙と筆は中空を追いつ追われつトンネルの天井を指して光のある入り口を指して走り揮う。中空でなん戟(げき)かずつ切り結び追っては躱し(かわし)追っては躱しをくりかえしたあとついにわずかに筆が紙を捉える。すっとすれちがう。やわらかく接触する。するるるとこすれあう。紙を捉えた筆は巻きつかれながらもこの機をのがさずずんと筆圧を加えトンネルの側壁に紙をつなぎとめる。おしとめる。最初はたっぷりと水を含んだ墨色つづいてランダムにやってくる側、勒、努、趯、策、掠、啄、磔・・墨は伸び、かすれ、筆は割れ、虚空をめがける。テクストはアルチュール・ランボーかロラン・バルト・・かな?(もちろん踊ってる最中は夢中でそんなもん考える暇はないけど)。
音にあわせ、音にずれ、おくれ、あそび、走り、跳び、あかるい五月の光のなかでそこだけは薄暗くひんやりするトンネルの空気をかきわけて私は踊った。
やがて。
ふう〜っとみんなの空気が収まりセッションが終わったあと。
カナダ人が感に堪えたようにあらためてふうぅーーっと大きな息をついた。
「よかったなあ!・・すごくよかった!」
「こんなことならビデオに撮っとけばよかった・・」
それを聞いてマルは最後にまた大きな声でカラカラカラ・・と笑った。(マルはたぶんそういう記録なんて信じていない。なにごとも即興が最上。いまが最高。2回目よりも初回だと信じる子だから)。
あれは・・なんという至福のときだったろう。
あの刻は もう二度と再現できないな。
夜まで火を焚いて渓流の音を背に酒盛りしてほたえあった。帰るときはみんな上機嫌でかならずもういちどやろうねと誓い合ったけどその後ふたたびやるチャンスはないまま。
しかし私は知っている。私はマルよりもその母親と早く知り合っているがマルが毛嫌いし一見正反対に見えるその母親と一点、母娘で非常に似ているところがあってそれは自己評価が極端に低いこと。二人とも「自分が嫌い」なのだ。母親の方は愚痴ばかり言いつつ夫のDV(主に精神的な)から逃れられないでいてむしろその被害者であることに自分の存在意義を見出しているしマルのニンフォマニアだって各方面に迷惑かけ倒し本人も傷つくだけの(蛸が一本いっぽん自分の足を食うに似て・・って自然の蛸はそんなことしないだろうが比喩でよくいわれるように)魂をみずからすこしずつ喰らって喰らって損なっていくような、あの性癖は肉食系と呼ばれる女子のそれとは同一ではない。だって肉食系女子なら自分の食指の動くところ上手に狩をして自分好みの男(とは限らないが)と上手に遊んで上手に捨てて誰にも迷惑かけず自分の旺盛な食欲を首尾良く満たしてしまいだろう。マルはそうではない。マルが連れてる(連れられている?)男はその都度その都度バラバラでマルにはタイプというものがない。つまり来る者来る者拒まず求められたら誰にでも尾いて(ついて)いく。それが何かとトラブルを引き起こし周囲の迷惑の種になる。上手に遊ぶどころか知らん間に他人(ひと)の男を盗る結果になってたりで泥棒猫とか罵られているところに居合わせたことがあるがあれはワザと盗ろうとして盗っているわけではなく(もしそのつもりならもっと巧くやるはずだ)マルの方がうまく(というより拙劣に)遊ばれただけなのだ。いつもはあれだけ強気で辛辣で女王様キャラのくせに(というよりその女王様キャラのままで)男の要求のいうがまま、なすがままになる。マルはそうやって自分を少しずつ削っていく。マルは自分を崇めさせ同時に自分を踏みつけにさせる。東大狙えるほど賢いくせしてその一点についてはマルは大馬鹿だ。
*
マルがヴォーカルを務めるバンドのライブを聴きにひとりで出かけた夜。演奏が終わって私の姿を認めたマルは「ハルっ!」(←キナコではないほうの私のニックネームね)と叫ぶやあのまんまるのからだで鞠のようにまっすぐ私めがけて飛んできてドッヂボールのように私の胸にドスンと収まり私をぎゅっと抱きしめた。それから熱いくちづけ・・オイオイ・・私はいいんだけど(いやよくはないけど)マルは女好きではないのではなかった?ひとしきり周りの注目を浴びヒューとか口笛吹かれたり呆れられたり囃し立てられたりしたあと・・私の目を上目づかいに捉え直して「うふふふふふふふふふ・・」と含み笑いするマルの目は化猫みたいにあやしく光っていた。入江たか子かチェシャ猫か狡さと愛らしさと邪(よこしま)と妖しをふくんだ猫目。含み笑いをずっとずっと続けるばかりであとは言葉が出ない。いやたぶん言葉を綴ることのできない状態。ドアへの狭い階段を降りるといつもガンジャのぷんと臭うクラブ。なにをやってんだか知らないがなにかやってることだけは見当ついた。
ヴォーカルというよりヴォイスパフォーマンス。意味のない、メロディではない12音階に沿わない突飛な音を声帯や口腔や唇やからだのその他の部分を駆使していろいろたてる。背後にテクノっぽいリズムと音楽はあるもののそれに合わせるでもなく完全に外れるわけではなく音は言葉としては分節しないが耳の端々に意味のカケラを落としていくときもありマルが言うには日本の古典とか誰かの詩とかをやってたりすることもあるそうな。いつもあとの3人(ギター・ドラム・シンセ)は入念にリハーサルしているそうだが自分は最後の最後に(女神降臨よろしく)加わるだけでホントの即興性を保つためにいつもその場かぎりでやるのだと言っていた。
*
シンセ(というよりパソコンはじめあらゆる電子機器)担当の子がカナダからの留学生で結構なアウトドア派でお気に入りの渓谷があるというので新緑の頃その子とマルと私ともう一人いたっけな?誰だっけ?そうだ在日韓国人の詩人の男の子との4人でハイキングに行ったことがあった。なんでそんなメンバーになったか記憶がない。
「この子は在日韓国人でバイ(セクシャル)」とマルが紹介すると
「なんでそれくっつけて言うかな〜」と忌々しそうにその子。
「ごめん。で、詩人」
と言われると姿勢を正して
「〇〇です。よろしく」と初対面の二人に手を差し出した。
いまどきその若さで詩人を誇らしく名乗るところに好感が持てた。
「では国籍もセクシャリティもバラバラな4人のアーティスト御一行様ということで・・」と私。
5月の渓谷は本当に素晴らしくてまぶしくニュアンスある光と風と
山の木々も緑。渓流も緑。この素晴らしい風景は筆で書きつくすことができない。
カナダ人がなぜ自分はこの渓谷が好きでよく訪れるのか美点を数々挙げたなかに
「僕の好きなfalconも飛んでいるし・・」
「falconてなんだ?」と在日韓国人。
「・・鷹、かな?」と私がフランス語の知識を引っ張ってきて言うと
「鷹はhawkでしょ?ホークスは鷹だもんね」とホークスファン(かどうか知らんけどプロ野球ファンではあるらしい?)韓国人。
目の高さに渓谷を行き交うその鳥が確かに猛禽類であることを確かめながら私が
「あ、そうか。・・じゃ小型の鷹?」と言うと
マルが「隼(はやぶさ)」と正解を言った。
(・・東大受験生に負けた)。
あんときは廃線のトンネルの中で4人でやった即興パフォーマンスがいちばんのハイライトだったな。
トンネルの中だから音響がものすごく響いて快い。
廃線のレール、大小の礫、石ころ、木ぎれ、金属片、手持ちのあらゆる持ちものを駆使して打ったり叩いたりぶつけたりこすったり思い思いの音をたて、その音を背景に4人のひとの声を重ねる。メロディや歌詞のある音楽ではなくマルがいつもやるような声のパフォーマンス。声量のあるマルに対抗して男3人が負けじと声をたてる。(え?私も男?)
いい感じになってきたところでマルが私に命令する。
「ハル、踊って」
(そうだった)
(もちろんですとも!)
私は立ち上がり、即興で舞う。
そのときの衣装(そんな予定じゃなかったので単なる普段着の白シャツに墨黒のタイパンツ)にあわせて白の紙に薄墨で書を書いていくようなイメージ。
白い紙が宙を舞う。流れるようにたゆたうように襞をつくりながらしなやかに胡金銓の映画内を吹く風に吹かれるように自由に気ままに・・。紙を追って、たっぷり墨を含んだ筆が舞う。紙と筆は中空を追いつ追われつトンネルの天井を指して光のある入り口を指して走り揮う。中空でなん戟(げき)かずつ切り結び追っては躱し(かわし)追っては躱しをくりかえしたあとついにわずかに筆が紙を捉える。すっとすれちがう。やわらかく接触する。するるるとこすれあう。紙を捉えた筆は巻きつかれながらもこの機をのがさずずんと筆圧を加えトンネルの側壁に紙をつなぎとめる。おしとめる。最初はたっぷりと水を含んだ墨色つづいてランダムにやってくる側、勒、努、趯、策、掠、啄、磔・・墨は伸び、かすれ、筆は割れ、虚空をめがける。テクストはアルチュール・ランボーかロラン・バルト・・かな?(もちろん踊ってる最中は夢中でそんなもん考える暇はないけど)。
音にあわせ、音にずれ、おくれ、あそび、走り、跳び、あかるい五月の光のなかでそこだけは薄暗くひんやりするトンネルの空気をかきわけて私は踊った。
やがて。
ふう〜っとみんなの空気が収まりセッションが終わったあと。
カナダ人が感に堪えたようにあらためてふうぅーーっと大きな息をついた。
「よかったなあ!・・すごくよかった!」
「こんなことならビデオに撮っとけばよかった・・」
それを聞いてマルは最後にまた大きな声でカラカラカラ・・と笑った。(マルはたぶんそういう記録なんて信じていない。なにごとも即興が最上。いまが最高。2回目よりも初回だと信じる子だから)。
あれは・・なんという至福のときだったろう。
あの刻は もう二度と再現できないな。
夜まで火を焚いて渓流の音を背に酒盛りしてほたえあった。帰るときはみんな上機嫌でかならずもういちどやろうねと誓い合ったけどその後ふたたびやるチャンスはないまま。
2019年6月1日土曜日
ペコの貌(かお)
顔に怪我したときの補償額は女性と男性で違うと聞いた。
それって差別だよね、と思う一方、それだけ女性では顔が人生を決めてしまう現実があるんだからしょーがないよねとも思う。
なんでわたしはこんなにもじぶんの顔が気になるのだろう?
わたしが女だから?
顔が良いと幸せ。
顔が悪いと不幸せ。
顔が良い人は幼い頃からみんなに可愛がられ恋愛も結婚も就職も社会関係も全部うまくいくし挫折もないから素直におおらかに育って性格も良いでしょ。
顔が悪い人は幼い頃からみんなに邪慳にされ何かと逆境に遭い性格もひねくれて人生ますます悪循環に陥るでしょ。
だからわたしははじめっから人生を諦めてるの。
わたしの顔では一生結婚なんかできない。幸せなんて望めない。
たまたま就職はできたからいまの会社にしがみつくしかない。
よっぽどブスなんだとお思いでしょう?
それどころか。
わたしの顔は怪物だ。
(・・いそいで注釈しておくと顔にアザがあったり傷があったり先天異常があったりする人たちの社会的活動はすごく大切だと思うしがんばってほしいと思う。でもそういう人たちの顔をいろんなメディア通じて見てみてもわたしには「怪物」とは思えない。むしろ綺麗だと思える人もいる。わたしの顔の怪物性はまたちがうカテゴリーなの。活動とかではどうにもならないたぐいの・・。)
(・・じぶんの顔に不満なら整形すればええやんという人もいるけど整形で調整できる程度の方々も羨ましい。目をちょっといじれば鼻をちょっといじれば理想の顔になれるんでしょ? 一重まぶたがずーっとコンプレックスだった中学生も高校か大学生になってプチ整形でもすればすぐなおるんだからこれほど簡単なことないじゃない?わたしの顔はひとつ一つのパーツがどうとかではなくむしろパーツの一つひとつはたとえば二重まぶたでそれなりに許せてもそれを収めるべき全体がもうダメだからダメなの。もう整形のしようがないの。)
わたしの顔の怪物はね。
たとえばゴヤのサトゥルヌスとかフランシス・ベーコンとかのたぐいね。
わたしの顔はほっとくとどんどん端へ端へとながれていく。どんどん輪郭が崩れる。際限なく広がっていってカオスになる。ニンゲンを逸脱してニンゲンの顔でなくなる。幽霊になりそして怪物の顔になる。
とくに夜。一人で部屋にいると自分の顔が端っこから融けてながれて中心が歪んで捩れてベーコンみたいな顔になっていくのがまざまざとわかる。
だから毎朝起きるとまずじぶんの両頰をぽんぽんと叩いて確認する。まだ固形物かしらん?融け落ちてデブリになってないかしらん?
おそるおそる鏡を見てニンゲンの顔に見えるか確認する。
ああよかった。まだニンゲンだ。
でも醜い。
ああ醜い。
醜いけどとりあえずニンゲンだ。
で、ホッとする。
でも鏡を見るのはほんのチラッと。あまりに醜くて正視できないから。社会人として化粧はしないといけないので最低限の化粧はするけど鏡を見ずにする。じぶんの顔を確認できない状態で化粧するわけだからひどい出来だろうとは思うけどそれしかしようがない。
なんでわたしはこれほど顔に取り憑かれているのだろう?
こんな変な妄執に取り憑かれていることを多くのわたしの知人友人らは知らない。そんなこと会社で口に出したりしないから普通の人と思われている。
思いあまって訪ねたセラピストは「醜貌恐怖」という言葉を口にした。女性のセラピストだったけどいろいろしゃべっているうちになぜだか突然怒り出した。確かにその女(ひと)は美人とは言い難いお顔の方だったけどべつにごくごくふつうの顔した女性だ。正確な文言は覚えてないけどこんな感じのことを言った。貴女は(わたしのことね)私(セラピストさん)に比べるとずっとずっと美人だ。私なんて外見に関してはコンプレックスのかたまりで不細工のせいで昔から随分損をしてきた。貴女なんかそんな風に損したことなんてないでしょ?心当たりある?ないでしょ?そんな貴女が自分を醜いと言い張るのはおかしい。決定的におかしい。おかしいだけではない、ホントに不細工な私みたいな女をないがしろにしている。美人なくせに自分は醜いのだと言い張る人たちはそうすることで自分よりも醜い幾多の女をないがしろにしたいだけなのだ。ただただ人を踏みつけにして自己防衛したいだけなのだ・・(みたいなことを怒りながら言ってた。)
ちょと呆気にとられてしまって・・
まーったく心当たりないんで・・
ええと、不美人だと心も歪むという典型の方ではありません?
わたし、わたしは自分よりもご面相の悪い人をないがしろにするつもりなどありません!
というか、そういうことが問題ではないの。じぶんの顔が怪物であることを問題にしているのであってほかの人のことなどなーんも考えていないの。比較の問題ではないの。なんでそれをわかってくれないのか・・。
べつの友達はこういう実験をしてくれた。女性の肖像写真を10枚用意する。ある一枚とべつの一枚を比べる。美人は右へ不美人は左へ。この検証を繰り返して右から左へと美人から不美人の順に並べる。で、あんたの顔の写真を出してごらん。(携帯で簡単に撮れるし。)あんたはこの人と比べて美人?不美人?いちばん右のいちばん美人よりは確かに劣るわよね。でもいちばん左のいちばん不美人よりは明らかにマシよ。自分の顔がこの美人の10段階のどの辺に入るか検証してごらん。で、一人ではできないわたしの代わりに検証してくれて、わたしの顔は真ん中より少し右寄り、つまり相対的に美人側に入ると判明した。ホラあんた美人じゃん。何が不満なん?なんでそんなにじぶんの顔が醜いなんて思い込んでるの?
そう言われるとなにも言い返せないんだけど・・。
でもやっぱり「怪物」という概念はまたちがうと思うんだけど・・。
だって客観的美人でも怪物顔っているでしょ?
おお!恐ろしい話を始めた。
たとえば(めちゃ古い例だけど)原節子ってとんでもなく美人だけど同時に怪物ではない?
おやおや貴女は自分と原節子を同列にお扱いになる?
いえいえいえいえいえいえ・・とーんでもない。いや、ただ、世間で言うブスとか不美人とかとわたしの怪物はちがうと言いたいだけで・・。
そんなにも自分がとくべつだと言いたいだけ?
じぶんのエキセントリックを売りにしたいだけ?
・・そうなるともうあとは責められるだけ。
・・何にも言い返せないけど悔しさがこみあげる。
けっきょくわたしの悩みは誰にもわかってもらえなくてそれっきりになる。
優しい人はむしろそのことに触れない。
わたしの醜貌恐怖を知ってる人はわたしの周りに数人いるけどべつにもう特にそのことを話題にすることはない。
めんどくさいから触れないだけか思いやりで触れないのかどちらかわかんないけど・・。まー後者と信じておこう。
わたしは毎日機嫌よく会社に出勤し12年間クビににもならず目立たないふつうのOLをこなし休みの日は大好きなアイドルのコンサートやイベントなどを見に行き休暇が取れればアイドル追っかけて日本各地・香港台湾北京まで行き少し長めの休みが取れたらニューヨークかロンドンに飛んで本場のミュージカルを見る。
優雅でしょ?自宅通勤でそれなりの会社のそれなりのOLとして鬱陶しい人間関係や理不尽な扱いに耐えつつ働き続けてきたからこそできることなんだけど。
そんな生活に満足している。
貯金なんて一切ないし一人暮らしの女性の貧困にいつ陥るやもしれないあやうさは常に常にわたしを脅かすけど・・
アイドルだけを心のたよりとしていっぱいいっぱいファンタジーに耽り現実の男の人とおつきあいなんてしないしお見合い話も受けない。
だってみんなわたしの本当の姿が見えていない。
いや見えていてわたしに本当のことを言わない。
わたしが
怪物だってことを。
それって差別だよね、と思う一方、それだけ女性では顔が人生を決めてしまう現実があるんだからしょーがないよねとも思う。
なんでわたしはこんなにもじぶんの顔が気になるのだろう?
わたしが女だから?
顔が良いと幸せ。
顔が悪いと不幸せ。
顔が良い人は幼い頃からみんなに可愛がられ恋愛も結婚も就職も社会関係も全部うまくいくし挫折もないから素直におおらかに育って性格も良いでしょ。
顔が悪い人は幼い頃からみんなに邪慳にされ何かと逆境に遭い性格もひねくれて人生ますます悪循環に陥るでしょ。
だからわたしははじめっから人生を諦めてるの。
わたしの顔では一生結婚なんかできない。幸せなんて望めない。
たまたま就職はできたからいまの会社にしがみつくしかない。
よっぽどブスなんだとお思いでしょう?
それどころか。
わたしの顔は怪物だ。
(・・いそいで注釈しておくと顔にアザがあったり傷があったり先天異常があったりする人たちの社会的活動はすごく大切だと思うしがんばってほしいと思う。でもそういう人たちの顔をいろんなメディア通じて見てみてもわたしには「怪物」とは思えない。むしろ綺麗だと思える人もいる。わたしの顔の怪物性はまたちがうカテゴリーなの。活動とかではどうにもならないたぐいの・・。)
(・・じぶんの顔に不満なら整形すればええやんという人もいるけど整形で調整できる程度の方々も羨ましい。目をちょっといじれば鼻をちょっといじれば理想の顔になれるんでしょ? 一重まぶたがずーっとコンプレックスだった中学生も高校か大学生になってプチ整形でもすればすぐなおるんだからこれほど簡単なことないじゃない?わたしの顔はひとつ一つのパーツがどうとかではなくむしろパーツの一つひとつはたとえば二重まぶたでそれなりに許せてもそれを収めるべき全体がもうダメだからダメなの。もう整形のしようがないの。)
わたしの顔の怪物はね。
たとえばゴヤのサトゥルヌスとかフランシス・ベーコンとかのたぐいね。
わたしの顔はほっとくとどんどん端へ端へとながれていく。どんどん輪郭が崩れる。際限なく広がっていってカオスになる。ニンゲンを逸脱してニンゲンの顔でなくなる。幽霊になりそして怪物の顔になる。
とくに夜。一人で部屋にいると自分の顔が端っこから融けてながれて中心が歪んで捩れてベーコンみたいな顔になっていくのがまざまざとわかる。
だから毎朝起きるとまずじぶんの両頰をぽんぽんと叩いて確認する。まだ固形物かしらん?融け落ちてデブリになってないかしらん?
おそるおそる鏡を見てニンゲンの顔に見えるか確認する。
ああよかった。まだニンゲンだ。
でも醜い。
ああ醜い。
醜いけどとりあえずニンゲンだ。
で、ホッとする。
でも鏡を見るのはほんのチラッと。あまりに醜くて正視できないから。社会人として化粧はしないといけないので最低限の化粧はするけど鏡を見ずにする。じぶんの顔を確認できない状態で化粧するわけだからひどい出来だろうとは思うけどそれしかしようがない。
なんでわたしはこれほど顔に取り憑かれているのだろう?
こんな変な妄執に取り憑かれていることを多くのわたしの知人友人らは知らない。そんなこと会社で口に出したりしないから普通の人と思われている。
思いあまって訪ねたセラピストは「醜貌恐怖」という言葉を口にした。女性のセラピストだったけどいろいろしゃべっているうちになぜだか突然怒り出した。確かにその女(ひと)は美人とは言い難いお顔の方だったけどべつにごくごくふつうの顔した女性だ。正確な文言は覚えてないけどこんな感じのことを言った。貴女は(わたしのことね)私(セラピストさん)に比べるとずっとずっと美人だ。私なんて外見に関してはコンプレックスのかたまりで不細工のせいで昔から随分損をしてきた。貴女なんかそんな風に損したことなんてないでしょ?心当たりある?ないでしょ?そんな貴女が自分を醜いと言い張るのはおかしい。決定的におかしい。おかしいだけではない、ホントに不細工な私みたいな女をないがしろにしている。美人なくせに自分は醜いのだと言い張る人たちはそうすることで自分よりも醜い幾多の女をないがしろにしたいだけなのだ。ただただ人を踏みつけにして自己防衛したいだけなのだ・・(みたいなことを怒りながら言ってた。)
ちょと呆気にとられてしまって・・
まーったく心当たりないんで・・
ええと、不美人だと心も歪むという典型の方ではありません?
わたし、わたしは自分よりもご面相の悪い人をないがしろにするつもりなどありません!
というか、そういうことが問題ではないの。じぶんの顔が怪物であることを問題にしているのであってほかの人のことなどなーんも考えていないの。比較の問題ではないの。なんでそれをわかってくれないのか・・。
べつの友達はこういう実験をしてくれた。女性の肖像写真を10枚用意する。ある一枚とべつの一枚を比べる。美人は右へ不美人は左へ。この検証を繰り返して右から左へと美人から不美人の順に並べる。で、あんたの顔の写真を出してごらん。(携帯で簡単に撮れるし。)あんたはこの人と比べて美人?不美人?いちばん右のいちばん美人よりは確かに劣るわよね。でもいちばん左のいちばん不美人よりは明らかにマシよ。自分の顔がこの美人の10段階のどの辺に入るか検証してごらん。で、一人ではできないわたしの代わりに検証してくれて、わたしの顔は真ん中より少し右寄り、つまり相対的に美人側に入ると判明した。ホラあんた美人じゃん。何が不満なん?なんでそんなにじぶんの顔が醜いなんて思い込んでるの?
そう言われるとなにも言い返せないんだけど・・。
でもやっぱり「怪物」という概念はまたちがうと思うんだけど・・。
だって客観的美人でも怪物顔っているでしょ?
おお!恐ろしい話を始めた。
たとえば(めちゃ古い例だけど)原節子ってとんでもなく美人だけど同時に怪物ではない?
おやおや貴女は自分と原節子を同列にお扱いになる?
いえいえいえいえいえいえ・・とーんでもない。いや、ただ、世間で言うブスとか不美人とかとわたしの怪物はちがうと言いたいだけで・・。
そんなにも自分がとくべつだと言いたいだけ?
じぶんのエキセントリックを売りにしたいだけ?
・・そうなるともうあとは責められるだけ。
・・何にも言い返せないけど悔しさがこみあげる。
けっきょくわたしの悩みは誰にもわかってもらえなくてそれっきりになる。
優しい人はむしろそのことに触れない。
わたしの醜貌恐怖を知ってる人はわたしの周りに数人いるけどべつにもう特にそのことを話題にすることはない。
めんどくさいから触れないだけか思いやりで触れないのかどちらかわかんないけど・・。まー後者と信じておこう。
わたしは毎日機嫌よく会社に出勤し12年間クビににもならず目立たないふつうのOLをこなし休みの日は大好きなアイドルのコンサートやイベントなどを見に行き休暇が取れればアイドル追っかけて日本各地・香港台湾北京まで行き少し長めの休みが取れたらニューヨークかロンドンに飛んで本場のミュージカルを見る。
優雅でしょ?自宅通勤でそれなりの会社のそれなりのOLとして鬱陶しい人間関係や理不尽な扱いに耐えつつ働き続けてきたからこそできることなんだけど。
そんな生活に満足している。
貯金なんて一切ないし一人暮らしの女性の貧困にいつ陥るやもしれないあやうさは常に常にわたしを脅かすけど・・
アイドルだけを心のたよりとしていっぱいいっぱいファンタジーに耽り現実の男の人とおつきあいなんてしないしお見合い話も受けない。
だってみんなわたしの本当の姿が見えていない。
いや見えていてわたしに本当のことを言わない。
わたしが
怪物だってことを。
2019年5月31日金曜日
恋するExOL
だれがキナコだって?(笑)
笑っちゃう。
それに私、あんなこと言わない。
「文化度の高いセックスは生殖とは無縁」なんて!当たり前っちゃ当たり前だし逆さ読みしたらどこかの国のどこかの頭の悪い超右翼女性議員と似たり寄ったりの発想になっちゃうやん?
「サド先生をお読みにならなくっちゃ」なんて論外!そんな変な口調、ぜんぶマサユキの創作だからね!
私のことあんまり知らないくせにイメージだけで語るんだから・・(笑)。
身長180以上のMtFレズビアンてのはホントだけどそんなひと世の中にゴマンといるでしょ。(まぁ50,000人はいないかもしれない、日本には。でも世界を見ればどうでしょ?)
身長は悩みでもあるしそうでもない。MtFで身長の高いのが悩みというとそのように勘ぐられるかもしれないけど(そういうひともいるかもしれないけど)FになったんだからFらしく可愛らしい身長の低い女の子に憧れるなんて気持ちは皆無。
ただ背が高いことは(特にMだったときには)なにかと羨ましがられるけどそんなにいいことばっかりでもないぞと思う。あらゆる(日本の)扉は頭を低くしてくぐるように入らないといけないし、それでもよく頭をぶつけるし、電車に乗ると吊り輪がざざーッと顔や上半身にぶつかってきて鬱陶しいことこのうえないし、カプセルホテルではカプセルに身が収まらないし、椅子やテーブルや台所の流しなど日本人の(特に女性の)体格に合わせて作られた家具什器はのこらず使いにくいし。小さい頃から続けてきたフィギュアスケートを思春期に身長がぐんぐん伸び始めて諦めなければならなかったのはいちばんショックだったけど、まあそのあとダンスに転向したしけっきょくはFになるという選択をしたんだからそれはそれでよしとしよう。ダンスはバレエの素養などを必要としないたぐいのコンテンポラリーダンスで身長(というかこのちょっと特殊な体型)を生かせるし、フィギュアやってた頃の癖は微妙に生かせるところも邪魔になるところもある。
で「得恋したばかり」ってお願いだからそれだけは言わないでほしいんだけど・・(涙)
だってまだ片想いなんだもん。たぶん両想いにはなりそうにない片恋なんだもん。相手はどうやらヘテロ。私によく懐いてくれてるけどきっとそれだけだし・・。それにこの夏が終わったらたぶんもう逢えないし・・。
でもなんだかウキウキふわふわしていることだけは確かなの。片想いでもなんでもやっぱり恋は愉しいの!
こんなにわかりやすいヒトメボレはないんじゃないと自分で自分を揶揄したくらいカンペキなcoup de foudre。あの子が先生に紹介されて「〇〇でーす!」と名乗ってぴょこんとお辞儀をしたときにその弾けるような笑顔とパンチのある短躯にひと目で魅入られた。一緒に踊るうちにそのしなやかながら力強さのある活き活き弾むからだの動きに魅せられた。おしゃべりすると(いまどきの女子高生の標準かもしれないが)ちょっとお馬鹿で物知らずでそれでいて好奇心旺盛でどこまでも無邪気なところに見惚れた。初対面の私の髪に遠慮なく触れ引っ張りまでしてウィッグじゃないことを確かめてから「うわぁ・・綺麗な銀色ですねえ!これってなにかイメージしてます?『エリザベート』のときのタカラヅカの〇〇さんみたいですねぇ」などと言う。うれしくてニタニタ笑っているとこんどは私の腕時計を見つけシャツのカフスをめくりまでして遠慮なくさわりながら「へ〜いまどき腕時計してるなんてめずらしい。カッコいいですね〜!これってどこかのブランドの高〜い時計なんですかぁ?」などと聞く。おもわず調子に乗って腕からはずしてさわらせてあげる。挙句の果てには「〇〇さん(私の本名)笑うと目尻が垂れてすっごく優しい目になるのねぇ!その笑顔がとってもステキ!」(いや客観的に見れば元おっさんが女子高生になつかれてニヤけてるだけなんですけど・・)。「それになんだかすごくノーブルな感じ!どこか外国の王子さまみた〜い!」「王子さまって・・私オンナなんですけど」「ええっ!ああっそうでしたよね?」ちょっと大袈裟を装った微妙な反応。私の低い声や大きな手から元オトコだったのはバレてたのかもしれないし或いはあくまでタカラヅカの男役みたいな女性だと思ってたのかもしれないし・・。
・・って私、なに書いてんだ。
はい、のちのちの展開はまたのちのちご報告します。
ってやっぱりぜったい無理なの。その後いろいろおしゃべりしてみてもやっぱりヘテロであることは間違いなさそうだしきっとカレシもいるんだろうし。この子には私みたいなもExオッさんレズビアン(略すとExOL?)よりも同年代の爽やか系もしくはイケメンくんのカレシがふさわしい。顔あわせるたびにかの女のあたらしい表情に気づいて何度も惚れ直しては恋心のつのる私に引き換え、かの女のほうでは私のことを「ちょっと特殊な性別らしいけどまあまカッコよくて気やすくて寛大な先輩」ぐらいにしかみてくれてないのは態度や言葉の端々からわかるし・・。
ああっ!なんてなんてなんてなんてありふれてて陳腐で凡庸で通俗的でダメダメダメなの?
これじゃーまだしも「サド先生を・・」のほうがマシだったかしら?
で、こんな尻切れトンボで終わりなわけ?
だから「煙たがられる」てか?
はいそうでございますぅ〜(笑)
片想い中のキナコはこれが絶望的な恋であるとわかっていても舞いあがって舞いあがってしょうがないのでございますぅ〜!(笑)
笑っちゃう。
それに私、あんなこと言わない。
「文化度の高いセックスは生殖とは無縁」なんて!当たり前っちゃ当たり前だし逆さ読みしたらどこかの国のどこかの頭の悪い超右翼女性議員と似たり寄ったりの発想になっちゃうやん?
「サド先生をお読みにならなくっちゃ」なんて論外!そんな変な口調、ぜんぶマサユキの創作だからね!
私のことあんまり知らないくせにイメージだけで語るんだから・・(笑)。
身長180以上のMtFレズビアンてのはホントだけどそんなひと世の中にゴマンといるでしょ。(まぁ50,000人はいないかもしれない、日本には。でも世界を見ればどうでしょ?)
身長は悩みでもあるしそうでもない。MtFで身長の高いのが悩みというとそのように勘ぐられるかもしれないけど(そういうひともいるかもしれないけど)FになったんだからFらしく可愛らしい身長の低い女の子に憧れるなんて気持ちは皆無。
ただ背が高いことは(特にMだったときには)なにかと羨ましがられるけどそんなにいいことばっかりでもないぞと思う。あらゆる(日本の)扉は頭を低くしてくぐるように入らないといけないし、それでもよく頭をぶつけるし、電車に乗ると吊り輪がざざーッと顔や上半身にぶつかってきて鬱陶しいことこのうえないし、カプセルホテルではカプセルに身が収まらないし、椅子やテーブルや台所の流しなど日本人の(特に女性の)体格に合わせて作られた家具什器はのこらず使いにくいし。小さい頃から続けてきたフィギュアスケートを思春期に身長がぐんぐん伸び始めて諦めなければならなかったのはいちばんショックだったけど、まあそのあとダンスに転向したしけっきょくはFになるという選択をしたんだからそれはそれでよしとしよう。ダンスはバレエの素養などを必要としないたぐいのコンテンポラリーダンスで身長(というかこのちょっと特殊な体型)を生かせるし、フィギュアやってた頃の癖は微妙に生かせるところも邪魔になるところもある。
で「得恋したばかり」ってお願いだからそれだけは言わないでほしいんだけど・・(涙)
だってまだ片想いなんだもん。たぶん両想いにはなりそうにない片恋なんだもん。相手はどうやらヘテロ。私によく懐いてくれてるけどきっとそれだけだし・・。それにこの夏が終わったらたぶんもう逢えないし・・。
でもなんだかウキウキふわふわしていることだけは確かなの。片想いでもなんでもやっぱり恋は愉しいの!
こんなにわかりやすいヒトメボレはないんじゃないと自分で自分を揶揄したくらいカンペキなcoup de foudre。あの子が先生に紹介されて「〇〇でーす!」と名乗ってぴょこんとお辞儀をしたときにその弾けるような笑顔とパンチのある短躯にひと目で魅入られた。一緒に踊るうちにそのしなやかながら力強さのある活き活き弾むからだの動きに魅せられた。おしゃべりすると(いまどきの女子高生の標準かもしれないが)ちょっとお馬鹿で物知らずでそれでいて好奇心旺盛でどこまでも無邪気なところに見惚れた。初対面の私の髪に遠慮なく触れ引っ張りまでしてウィッグじゃないことを確かめてから「うわぁ・・綺麗な銀色ですねえ!これってなにかイメージしてます?『エリザベート』のときのタカラヅカの〇〇さんみたいですねぇ」などと言う。うれしくてニタニタ笑っているとこんどは私の腕時計を見つけシャツのカフスをめくりまでして遠慮なくさわりながら「へ〜いまどき腕時計してるなんてめずらしい。カッコいいですね〜!これってどこかのブランドの高〜い時計なんですかぁ?」などと聞く。おもわず調子に乗って腕からはずしてさわらせてあげる。挙句の果てには「〇〇さん(私の本名)笑うと目尻が垂れてすっごく優しい目になるのねぇ!その笑顔がとってもステキ!」(いや客観的に見れば元おっさんが女子高生になつかれてニヤけてるだけなんですけど・・)。「それになんだかすごくノーブルな感じ!どこか外国の王子さまみた〜い!」「王子さまって・・私オンナなんですけど」「ええっ!ああっそうでしたよね?」ちょっと大袈裟を装った微妙な反応。私の低い声や大きな手から元オトコだったのはバレてたのかもしれないし或いはあくまでタカラヅカの男役みたいな女性だと思ってたのかもしれないし・・。
・・って私、なに書いてんだ。
はい、のちのちの展開はまたのちのちご報告します。
ってやっぱりぜったい無理なの。その後いろいろおしゃべりしてみてもやっぱりヘテロであることは間違いなさそうだしきっとカレシもいるんだろうし。この子には私みたいなもExオッさんレズビアン(略すとExOL?)よりも同年代の爽やか系もしくはイケメンくんのカレシがふさわしい。顔あわせるたびにかの女のあたらしい表情に気づいて何度も惚れ直しては恋心のつのる私に引き換え、かの女のほうでは私のことを「ちょっと特殊な性別らしいけどまあまカッコよくて気やすくて寛大な先輩」ぐらいにしかみてくれてないのは態度や言葉の端々からわかるし・・。
ああっ!なんてなんてなんてなんてありふれてて陳腐で凡庸で通俗的でダメダメダメなの?
これじゃーまだしも「サド先生を・・」のほうがマシだったかしら?
で、こんな尻切れトンボで終わりなわけ?
だから「煙たがられる」てか?
はいそうでございますぅ〜(笑)
片想い中のキナコはこれが絶望的な恋であるとわかっていても舞いあがって舞いあがってしょうがないのでございますぅ〜!(笑)
2019年5月30日木曜日
マルはバカではない
勿論オレは妊娠なんてしない。バカではないからな。
ちなみに一人称はオレ。クラスに何人かボクっ娘(一人称「ボク」で喋る女子)はいるが、ぶってる感じで嫌だ。オレとしてはオレがいちばん居心地良いのだが、だからといって他人の前で「オレ」で喋るとボクっ娘とおなじく変に(別の方向に)ぶってる感じに思われそうなので他者に対しては「あたし」などをつかう。(それでも時に「オレ」が出てしまう。そうそう奇異にはおもわれていないようではあるが。)
一人称オレではあるが性自認オンナで性的指向はヘテロだ。同性に対してはディープキスまではあるがそれ以上は経験ない。
で、バカの話だった。
オレはバカではないから決して妊娠などしない。ペコに説教などされなくても。
めんどくさいから説教させておくけど。
バカはうちのハハだ。ハハは母だ。ハハハハだ。ハハハハハハハハ・・といくら笑っててもまにあわないくらい大バカだ。
バカはすぐ妊娠する。
オレのうえに年子のアネがいてオレと弟のあいだに9年が空いている。あのオヤヂと9年たってもまだやる気があったのかよ(みたいなことを)ハハに訊くと、困った顔して、いやそれはずーっとやっていて(あるいはやられていて)何度も堕胎したのだという。
いま8歳の弟は体力的にこれが最後のチャンスかもしれないと思いオヤヂに泣いて縋ってお願いしてキープすることにしてめでたく産んだのだという。
何度も堕胎?
結婚している夫婦で?
どうでもいいけど避妊ぐらいしろよ。(ああペコのセリフだ)
・・だってお父さんが嫌がるんだもん。
おめえら原始人か。
(・・これがわが両親か。)
・・いつもわたしのアタマが悪いせいにされてたのよ。
・・わたしがバカなせいで排卵日とか危険日とかの計算まちがいするのだと。
それは、しかし。それ以前のバカのせいではないのか。
(・・ああ目が赤くなりそうだ。)
ことほど左様にハハはバカだ。
そのうえいつもバカだバカだと言われ続けて自分でもそれを否定しないから余計にバカになる。
バカと言われ続けてン十年。
寧ろ(むしろ)バカに安住している。
たとえば日常のワンシーン。
我が家の夕食はハハのバカを血祭りにあげる場だ。
ハハがなにかバカを言う。
おもしろ可笑しく言えればよし。もしダメならオヤヂが不機嫌なままで盛り上がりなく「お母さんはバカだな」の冷たい一言で終わる。
面白いバカ話ができた場合。
オヤヂが大声で「お母さんはバカだなあ!」と晴れやかに言う。
みんなが大声で笑う。
ひとしきり笑う。
(で、その日がたとえば肉鍋だとする。)
「お母さんはバカだから良い肉と悪い肉の区別がつかないよなあ」
「お母さんはこんな旨い肉も味がわからないよなあ」
「お母さんに肉なんかやってもブタに小判だなあ」
「お母さんに肉をやるなよぉ」
「お母さんなんか麩ぅでも食うてればいいんだから」
ということになりハハは肉に箸をつけることができない。
(最後にみんなの食い残しがあれば未練がましく食っている。)
勿論オヤヂはいちばんおいしい肉を取る。
おいしい肉を食いながら自慢話をする。ひとしきり。
自分がどれだけ部下に崇められているか。人格者であるか。
会社の実績にどれだけ貢献してどれだけ大事にされているか。
自分がどれだけ物知りであるか。
それからオレにくる。
「〇〇(オレの本名)は賢いから肉をどんどん食べなさい」
「東大合格のためにも食べなさい」
「おお、どんどん食べなさい」
ひとしきり二人で食べる。
それから弟が負けじと手を挙げる。
「ボクもアタマがいいよ!」
「そうか」とオヤヂが目を向ける。
「その証拠を示しなさい」
「昨日の塾の算数テスト、クラスで3位だった」
「3位か。それではまだ賢いとはいえないな」
「つぎはぜったい頑張る」
「よし。それでは肉食べていいぞ」
弟は勢いづいて、他の家族に真相を知られぬうちにとでもいうように慌てて肉をかっさらい口に押し込む。ガツガツ食べる。
弟はハハに似てバカだが、この家ではバカはバカを見、アタマが良いと得することだけは早いうちに見抜いている。
そんなことしてもなーんも自分の得にはならないことをまだ理解せずオヤヂに愛されることがまず至上命令だから塾の宿題は解答を丸写しする。塾のテストはできる子の答案を盗み見て丸写しだと気づかれるから気づかれないよう適度に修正して良い点を取る。毎回クラス3位のからくり。
バレるのが早いか。弟がその無益さに気づくのが早いか。
まぁ小3では無理あるまい。
弟はハハに似て犬の目をしている。
ヒトの愛情をもとめて(瀬戸内サンに倣って「需める」と書きたいところだがここはひらがなにしておこう)一心にヒトを見あげる犬の目。つぶらな瞳。
ちがうのは、ハハの目には既に絶望が宿っていることだ。絶望的にもとめる目であり返報がけっしてないことを知っている目であり恨みがましい目である。その恨みがましい目がオヤヂの虐めゴコロに火を点ける。
「お母さんがあんな目をするから余計に虐めたくなる」
「虐められっ子はあんな目をするから余計に虐められるのだ」
「虐めっ子は元から悪いわけではない。虐めっ子を虐めっ子にするのは虐められっ子のあの目なのだ」
(という理屈。)
弟の犬の目にはまだ希望がある。返報すなわちオヤヂの愛情をもとめてキラキラ光る。
このごろはオヤヂと一緒になってハハを苛んで(さいなんで)いる。
オレはイジメには加わらないけどな。
傍観者は既に加害者か。それならそうだけど。
それよりいちばん呪わしいのはオレがこの家でいちばんオヤヂに似ていることだ。
まるい顔、まるい体、陰険な目。物心つくとオレは嫌というほどオヤヂに似ていた。
オレの目と、オヤヂの目は、陰険な猫の目だ。
かわいい猫目ではない。ひとを見くだす目。
生まれたときからはじまったアネとオレとのデスマッチで先勝したのは当然可愛げのある目を持ちあわせたアネである。(アネは猫型とも犬型ともどちらにも分類しがたくその目は時に応じて犬っぽくも猫っぽくも光るがとりあえずこの家では一番の美形である。幼児の折の写真を見ても申し分なく可愛らしい。)幼き頃オヤヂからもハハからも溺愛されるアネをオレは猛烈に嫉妬した。
逆転したのはアネが小3オレが小2で揃って進学塾に行き始めてからでアネは中の下がせいぜいだったのがオレはいつもトップで最難関確実と言われた。
それからアネは早々に闘いを降り中高は中堅私学に進学したあと大学はここから遠く離れた地方の女子大を選んで両親を失望させた。名前を聞けば地元では誰でも知ってる名門女子大であるらしいが近年偏差値の降下が甚だしく定員を集めるのにも難儀する凋落校。そんなもんそちらの地元で地元の老舗企業のOLになるとか地元の金持ちの息子を摑まえるための嫁入り道具にするとかには重宝かもしれないが600キロ離れたこの地からそんな大学行ったところでなんの役に立つかよ? ホンキで彼の地の金持ちのボンボンを摑まえるつもりでもなければ両親への意趣返しで人生降りたとしか思えない選択をアネは(そんなにも若い身空で)してこの家から去った。
ひきかえオレは最難関の女子進学校に首尾良く合格。中高通じて成績最優秀をキープ。直近の模試で東大文I B判定(限りなくAに近い)。正直本人はA判定の文IIIでもいいと思っているがオヤヂに言わせるととんでもない必ず文Iに合格しゆくゆくは官公庁の役人あくまで弱者を虐める強者の立場にオレを立たせたい。ひとを見くだす目をして。
「おまえが男だったらよかったのに」
紫式部か。
「でもいまの時代は男も女もないからな。おまえはかならず東大法学部に行け。おまえは人の頭に立つ子だ。オレに似ているからな。」
そういうときだけ男女共同参画。そういうオヤヂは実は三流大学しか出ていない。
会社でも碌な地位を与えられていない。それなのにプライドだけは一人前で自分が誰よりも賢いと思っている。
自分が知っていることを客観的に吟味する基本的な手続きも知らず自分が(たまさかに)知っていることを絶対的に正しいと信じている。日本語版Wikipediaを修正しまくるのがオヤヂの趣味でしかし修正してはすぐに上書きされるのが常でパソコンに向かって毒づいているのをよく目にする。(ま、Wikipediaじたいそういう仕組みなのかもしれないが。)ことほど左様にオヤヂはバカだ。
オレはバカではないからこういう家族が大嫌いだ。
この家族の全員をオレは見くだしている。
ことほど左様に見くだすしかない家族を持ったのが
オレの悪しき宿縁。オレの鎖であり枷である。
ちなみに一人称はオレ。クラスに何人かボクっ娘(一人称「ボク」で喋る女子)はいるが、ぶってる感じで嫌だ。オレとしてはオレがいちばん居心地良いのだが、だからといって他人の前で「オレ」で喋るとボクっ娘とおなじく変に(別の方向に)ぶってる感じに思われそうなので他者に対しては「あたし」などをつかう。(それでも時に「オレ」が出てしまう。そうそう奇異にはおもわれていないようではあるが。)
一人称オレではあるが性自認オンナで性的指向はヘテロだ。同性に対してはディープキスまではあるがそれ以上は経験ない。
で、バカの話だった。
オレはバカではないから決して妊娠などしない。ペコに説教などされなくても。
めんどくさいから説教させておくけど。
バカはうちのハハだ。ハハは母だ。ハハハハだ。ハハハハハハハハ・・といくら笑っててもまにあわないくらい大バカだ。
バカはすぐ妊娠する。
オレのうえに年子のアネがいてオレと弟のあいだに9年が空いている。あのオヤヂと9年たってもまだやる気があったのかよ(みたいなことを)ハハに訊くと、困った顔して、いやそれはずーっとやっていて(あるいはやられていて)何度も堕胎したのだという。
いま8歳の弟は体力的にこれが最後のチャンスかもしれないと思いオヤヂに泣いて縋ってお願いしてキープすることにしてめでたく産んだのだという。
何度も堕胎?
結婚している夫婦で?
どうでもいいけど避妊ぐらいしろよ。(ああペコのセリフだ)
・・だってお父さんが嫌がるんだもん。
おめえら原始人か。
(・・これがわが両親か。)
・・いつもわたしのアタマが悪いせいにされてたのよ。
・・わたしがバカなせいで排卵日とか危険日とかの計算まちがいするのだと。
それは、しかし。それ以前のバカのせいではないのか。
(・・ああ目が赤くなりそうだ。)
ことほど左様にハハはバカだ。
そのうえいつもバカだバカだと言われ続けて自分でもそれを否定しないから余計にバカになる。
バカと言われ続けてン十年。
寧ろ(むしろ)バカに安住している。
たとえば日常のワンシーン。
我が家の夕食はハハのバカを血祭りにあげる場だ。
ハハがなにかバカを言う。
おもしろ可笑しく言えればよし。もしダメならオヤヂが不機嫌なままで盛り上がりなく「お母さんはバカだな」の冷たい一言で終わる。
面白いバカ話ができた場合。
オヤヂが大声で「お母さんはバカだなあ!」と晴れやかに言う。
みんなが大声で笑う。
ひとしきり笑う。
(で、その日がたとえば肉鍋だとする。)
「お母さんはバカだから良い肉と悪い肉の区別がつかないよなあ」
「お母さんはこんな旨い肉も味がわからないよなあ」
「お母さんに肉なんかやってもブタに小判だなあ」
「お母さんに肉をやるなよぉ」
「お母さんなんか麩ぅでも食うてればいいんだから」
ということになりハハは肉に箸をつけることができない。
(最後にみんなの食い残しがあれば未練がましく食っている。)
勿論オヤヂはいちばんおいしい肉を取る。
おいしい肉を食いながら自慢話をする。ひとしきり。
自分がどれだけ部下に崇められているか。人格者であるか。
会社の実績にどれだけ貢献してどれだけ大事にされているか。
自分がどれだけ物知りであるか。
それからオレにくる。
「〇〇(オレの本名)は賢いから肉をどんどん食べなさい」
「東大合格のためにも食べなさい」
「おお、どんどん食べなさい」
ひとしきり二人で食べる。
それから弟が負けじと手を挙げる。
「ボクもアタマがいいよ!」
「そうか」とオヤヂが目を向ける。
「その証拠を示しなさい」
「昨日の塾の算数テスト、クラスで3位だった」
「3位か。それではまだ賢いとはいえないな」
「つぎはぜったい頑張る」
「よし。それでは肉食べていいぞ」
弟は勢いづいて、他の家族に真相を知られぬうちにとでもいうように慌てて肉をかっさらい口に押し込む。ガツガツ食べる。
弟はハハに似てバカだが、この家ではバカはバカを見、アタマが良いと得することだけは早いうちに見抜いている。
そんなことしてもなーんも自分の得にはならないことをまだ理解せずオヤヂに愛されることがまず至上命令だから塾の宿題は解答を丸写しする。塾のテストはできる子の答案を盗み見て丸写しだと気づかれるから気づかれないよう適度に修正して良い点を取る。毎回クラス3位のからくり。
バレるのが早いか。弟がその無益さに気づくのが早いか。
まぁ小3では無理あるまい。
弟はハハに似て犬の目をしている。
ヒトの愛情をもとめて(瀬戸内サンに倣って「需める」と書きたいところだがここはひらがなにしておこう)一心にヒトを見あげる犬の目。つぶらな瞳。
ちがうのは、ハハの目には既に絶望が宿っていることだ。絶望的にもとめる目であり返報がけっしてないことを知っている目であり恨みがましい目である。その恨みがましい目がオヤヂの虐めゴコロに火を点ける。
「お母さんがあんな目をするから余計に虐めたくなる」
「虐められっ子はあんな目をするから余計に虐められるのだ」
「虐めっ子は元から悪いわけではない。虐めっ子を虐めっ子にするのは虐められっ子のあの目なのだ」
(という理屈。)
弟の犬の目にはまだ希望がある。返報すなわちオヤヂの愛情をもとめてキラキラ光る。
このごろはオヤヂと一緒になってハハを苛んで(さいなんで)いる。
オレはイジメには加わらないけどな。
傍観者は既に加害者か。それならそうだけど。
それよりいちばん呪わしいのはオレがこの家でいちばんオヤヂに似ていることだ。
まるい顔、まるい体、陰険な目。物心つくとオレは嫌というほどオヤヂに似ていた。
オレの目と、オヤヂの目は、陰険な猫の目だ。
かわいい猫目ではない。ひとを見くだす目。
生まれたときからはじまったアネとオレとのデスマッチで先勝したのは当然可愛げのある目を持ちあわせたアネである。(アネは猫型とも犬型ともどちらにも分類しがたくその目は時に応じて犬っぽくも猫っぽくも光るがとりあえずこの家では一番の美形である。幼児の折の写真を見ても申し分なく可愛らしい。)幼き頃オヤヂからもハハからも溺愛されるアネをオレは猛烈に嫉妬した。
逆転したのはアネが小3オレが小2で揃って進学塾に行き始めてからでアネは中の下がせいぜいだったのがオレはいつもトップで最難関確実と言われた。
それからアネは早々に闘いを降り中高は中堅私学に進学したあと大学はここから遠く離れた地方の女子大を選んで両親を失望させた。名前を聞けば地元では誰でも知ってる名門女子大であるらしいが近年偏差値の降下が甚だしく定員を集めるのにも難儀する凋落校。そんなもんそちらの地元で地元の老舗企業のOLになるとか地元の金持ちの息子を摑まえるための嫁入り道具にするとかには重宝かもしれないが600キロ離れたこの地からそんな大学行ったところでなんの役に立つかよ? ホンキで彼の地の金持ちのボンボンを摑まえるつもりでもなければ両親への意趣返しで人生降りたとしか思えない選択をアネは(そんなにも若い身空で)してこの家から去った。
ひきかえオレは最難関の女子進学校に首尾良く合格。中高通じて成績最優秀をキープ。直近の模試で東大文I B判定(限りなくAに近い)。正直本人はA判定の文IIIでもいいと思っているがオヤヂに言わせるととんでもない必ず文Iに合格しゆくゆくは官公庁の役人あくまで弱者を虐める強者の立場にオレを立たせたい。ひとを見くだす目をして。
「おまえが男だったらよかったのに」
紫式部か。
「でもいまの時代は男も女もないからな。おまえはかならず東大法学部に行け。おまえは人の頭に立つ子だ。オレに似ているからな。」
そういうときだけ男女共同参画。そういうオヤヂは実は三流大学しか出ていない。
会社でも碌な地位を与えられていない。それなのにプライドだけは一人前で自分が誰よりも賢いと思っている。
自分が知っていることを客観的に吟味する基本的な手続きも知らず自分が(たまさかに)知っていることを絶対的に正しいと信じている。日本語版Wikipediaを修正しまくるのがオヤヂの趣味でしかし修正してはすぐに上書きされるのが常でパソコンに向かって毒づいているのをよく目にする。(ま、Wikipediaじたいそういう仕組みなのかもしれないが。)ことほど左様にオヤヂはバカだ。
オレはバカではないからこういう家族が大嫌いだ。
この家族の全員をオレは見くだしている。
ことほど左様に見くだすしかない家族を持ったのが
オレの悪しき宿縁。オレの鎖であり枷である。
2019年5月19日日曜日
tribe(というsaga)
LGBTQ(Qっていつから入ったんや?それなら「Q」だけでもよさそなもんやのに・・)の世界は、いっときgender関連のグループをやってたこともあって、ふつうに身のまわりにあって決して特殊なものだとはおもっていない。けど反面、決して自分が彼らを代弁できるなどと畏れ多い立場だとも思っていない。
だけど、現実には性自認が生物学的性別と一致し性指向はヘテロといういちばん退屈なありようでしかない自分が、小説世界のなかではどんな性にもどんな性的指向をもつキャラクターにもなれる。って昔から「ボヴァリー夫人は自分」が小説家なんだし・・という冥利なんだか宿縁なんだか、愉しみつつ苦しみつつ、聞きかじりのことを勝手に解釈して失礼ではないかしらなどとも思いつつ、書いているという次第です。
『佐野和宏の指』は2004年の作品。当時ウェブ上で連作をやりとりしていたさる作家さんにお題をいただいて書いたうちの一作です。ただ、ここで創作した登場人物の一人ひとりにはわりと愛着あり。彼らが生きる街のある時代のsagaを書き継いでいきたいなぁ・・と思いつつ。また、できれば書きます。
ちなみに現実の佐野和宏さんにはふとしたご縁で一度だけ酒席をご一緒させていただいたことがあり(もちろん先方は覚えていらっしゃらないでしょうが) 、ピンク女優の誰某さんに似ているとお誉めの言葉をいただいて舞い上がったことがあります。
(ああ、こういうナルちゃん(現天皇ではない)語りがとめどなくなってしまうのがわたしの悪弊でもありますが・・)
ところで、読んでいただいたみなさまは、この掌編のオチ、わかりました?
いや、書いた本人が、あれ?これってオチどこだっけ?と考えこんでしまった😅
作家本人が忘れてしまうオチって…(爆)
だけど、現実には性自認が生物学的性別と一致し性指向はヘテロといういちばん退屈なありようでしかない自分が、小説世界のなかではどんな性にもどんな性的指向をもつキャラクターにもなれる。って昔から「ボヴァリー夫人は自分」が小説家なんだし・・という冥利なんだか宿縁なんだか、愉しみつつ苦しみつつ、聞きかじりのことを勝手に解釈して失礼ではないかしらなどとも思いつつ、書いているという次第です。
『佐野和宏の指』は2004年の作品。当時ウェブ上で連作をやりとりしていたさる作家さんにお題をいただいて書いたうちの一作です。ただ、ここで創作した登場人物の一人ひとりにはわりと愛着あり。彼らが生きる街のある時代のsagaを書き継いでいきたいなぁ・・と思いつつ。また、できれば書きます。
ちなみに現実の佐野和宏さんにはふとしたご縁で一度だけ酒席をご一緒させていただいたことがあり(もちろん先方は覚えていらっしゃらないでしょうが) 、ピンク女優の誰某さんに似ているとお誉めの言葉をいただいて舞い上がったことがあります。
(ああ、こういうナルちゃん(現天皇ではない)語りがとめどなくなってしまうのがわたしの悪弊でもありますが・・)
ところで、読んでいただいたみなさまは、この掌編のオチ、わかりました?
いや、書いた本人が、あれ?これってオチどこだっけ?と考えこんでしまった😅
作家本人が忘れてしまうオチって…(爆)
2019年5月18日土曜日
佐野和宏の指
「マーサーユーキー」
「マーサーユーキー…」
いつもの間延びした呼び方で篤彦の呼んでる声が聞こえる。
声の糸に引っ張りあげられるようにとろとろと夢から目が覚めてみると、呼んでいるのは島ちゃんだった。
「マサユキ」と、みじかく呼ぶ島ちゃんの声。
「ああ…」
「よく寝てたね」
「うん」
「また夢見てたの?」
「うん」
「いつもの夢?」
「うん」
ちょうど映画と映画のあいだの休憩時間で、『荒野の決闘』の主題歌が流れていた。
『黄色いリボン』のあとはいつもこれ。で、そのあとはいきなりマカロニウエスタンになって『夕陽のガンマン』。
映画産業華やかなりし頃は、この映画館もいつも満員の客を呑み込んでいたのだろう。そのときにかかっていたのが西部劇なのかもしれない。あるいは単に現在の支配人だかオーナーだかの趣味なのかもしれない。ここはいつも西部劇のテーマ曲がかかっている。
天井が高くてスクリーンが大きくて、館内のどこの席からでもゆったりと映画を見ることのできる、とても良くできた映画館。
いまはピンク映画専門館だ。
Oh my darling, oh my darling,
Oh my darling Clementine....
You are lost and gone forever,
Dreadful sorry, Clementine.
西部劇の主題歌にしてはなんて甘い歌。でも映画好きではないひとには、ただの男男した「雪山讃歌」に聴こえるのだろう。
この歌を聞きながら寝入ると、決まって床屋の夢を見る。
男とセックスするときも、決まってこの夢を思い出す。
夢のなかに分厚い靄のように漂って推移していくあらゆる音が、耳のなかにつぎつぎと聴こえてくる。
ちきちきちきちき…と、小鳥が嘴をたたく声
床屋のおやじが鋏を叩く音。
ぴたぴたぴたぴた…と、小鳥が尾羽をたたく音
床屋のおやじが頬をたたく音。
バリカンのグわーという音。
ガーがジーになりまたガーになる。
そして殺人者たちが大仰に登場し、白い布を大きくはためかせる。鏡を割る。
鏡の前で明日の死人たちが、怯えるほどに強がってみせて、胴震いしながら敵を威嚇する。
そしてそれが、すぐ映画の決闘シーンに直結する。
ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!
どすん!うがー!ばたん!
歴史的な事実ではごくわずかの持続時間しかなかったOK牧場の決闘が、映画では何倍もの長さに引き延ばされたと、なにかの記事で読んだかな。
サラリーマン風ハゲオヤジと一戦終えて席に戻ってくると、スクリーンのうえでは佐野和宏が派手な発射音を響かせながらピストルを振り回している。
西部劇ではなく、明らかに香港ノワールをパクったガン・アクション。ジョン・ウーばりのスローモーション。
でも演出なんてどうでもいい。オレがピンク館に足繁く通うのは、佐野和宏に会うためでもある。
この突出した映画俳優は、相手が男だって女だってかまわず、そうすることが当然のようにあっさりと、暴力的にしかも優しく、相手のからだを奪ってみせる。ファックする。
佐野が画面に登場するとオレはおもわずためいきをついてしまう。
隣に誰が座ってようが(もちろん島ちゃんであろうが)つぶやかずにはいられない。
「あいつにヤられてみたいな…」
それが隣に声をかけるきっかけになったりする。
島ちゃんとは幼稚園時代からの幼馴染み。
小学校の半ばくらいから篤彦が加わり、三人で高校卒業までいつもつるんでた。
からだのでかい篤彦は、小柄な島ちゃんとやせっぽちのオレとのボディガード役。なぜか女の子によくもてたオレたちふたりから、女の子を払いのける役割までしていた。
島ちゃんはそれでもしっかり自分好みの女の子を確保してつきあっていたけど、オレは篤彦がそうやって難癖つけて払いのけてくれるのをこれ幸いと、あんまり女の子とつきあったことはなかった。
かといって中学までは自分がホモだなんて自覚もなかったけどね。…オレって性欲が無かったんだ。なんか周りの男たちがみんな毎日毎日性欲が溢れて困るみたいな話ばっかりしてるのがものすごく奇妙で、別世界のドウブツであるような気がしていた。
篤彦は、はっきりとは言わなかったけどオレにひそかに恋してたらしい。でもオレは篤彦とはいつも距離をおいてつきあっていて、あいつの気持ちを知っててわざと島ちゃんとばっかり仲良くしてたりした。
実際、なんでも秘密を打ち明けられるのは島ちゃんのほうで、篤彦に対するときにはなんだか一枚壁を隔てて接しているような気がしていた。卒業してから大学が離ればなれになって、彼とはあんまり会わなくなってしまった。
でもなぜか、オレがなにかをするときにはいつも(なにかをしなくても)、いまでも篤彦の声が耳の奥から聞こえる気がする。
「マーサーユーキー」
「マーサーユーキー」
「マーサーユーキー…ったら」
「なにやってんの?」
「なにやってんの?」
と、耳の奥だけに聞こえる篤彦の声にこたえながら
「オレ、なにやってんだろ?」
と、その言葉を自分で反芻する。
「篤彦、オレさぁ……」
「……オレ、いま、ピンク館でウリやってる」
あれはまだ高校1年頃だったとおもうけど、島ちゃんとふたりでこの界隈で遊んでたときに男に声をかけられて、君達なら一晩10万は軽く稼げるけどどう?って言われた。
すぐ見当ついてそのときは逃げたけど、また示し合わせて島ちゃんと出かけた。
しばらくは男子高校生としての節度を保って(笑)?ウリはやらずにいたのだけれど、また、お尻だけは処女でいようね(笑)と互いに約束もしていたのだけれど、あるとき気づいてみると、ふたりとも互いに黙ったままいつのまにか両方のハードルを易々と越えていたのを、どちらともなく告白しあった。告白して笑いあって、もっと友達度が深くなったような気がした。
篤彦は、そのことを知らずに卒業していったけど。
「篤彦、オレさぁ…………ピンク館でウリやってる」
「えーーーホント?」
「ホントだよ」
「そんなんでお金になるのぉ?」
「ならないよー。小遣い貰うだけ。だからただの趣味。密やかなお楽しみ」
「お楽しみかーーー。なにが楽しいのーーー???」
「なにが楽しいんだろーねー? 自分でもわかんないやーーーー」
ほんとはわかってる。
このオレのからだを承認してほしいからだ。(シャレじゃないけど)。
オレのからだ、どんどん変わっている。自分でも怖いくらい、まいにちまいにち変わっていく。
生まれてから20年経ったある晴れた日に、初めて自分はオンナだと気がついた。
それから3年してようやく認めてくれるオトナがいて、コレは治療できるのであると説得されて、ホルモン投与が始まった。
元からのオンナだって化粧っけなしに汚いジーンズで歩き回ってるやつがいるように、オレは化粧とか女装とかはホントは嫌いだけど、医者にいくときには女装しないといけない。女言葉も嫌いだけど使わなければいけない。心理的にも行動的にもオンナとして振舞わないといけない。とってつけたようにそうやってオンナを演じると、たいていのひとがオンナだとおもってくれることは、あるていど(オトコやってたころから)知っていた。
だけど、いつものきったないジーンズ穿いてぼさぼさの頭で出かけると、やっぱり7・3ぐらいの確率でオトコに見られる。この映画館のモギリのおっさんは付き合い長いし、オレをオトコ以外のなにものかであるかもしれないなどと疑ったこともないだろう。引っかける客のオヤジの大半も、疑いなくこちらをオトコと見るようだ。
それでもホントはオンナだし…
ニセモノだった部分がどんどんとれてホントのオンナになっていく…。
どこまでがホンモノでどこからがニセモノかがわからないくらい…
急速にホンモノになっていく。日が替わるごとに、なにがホントだったのかわからなくなってくるのだ。
だからそんな自分が怖くて、一日ごとに、だれかに自分を承認してもらわないと、いてもたってもいられなくなる。(こんなことは医者には言えないけど)。
自分を、というよりは、自分のからだを。
だから、ちゃんとからだを見てもらうことが、必要なのだ。
見てもらうだけでなく、抱いてもらうことが、必要なのだ。
とりあえずキスから始まるもののすぐに股間の的へと延びるテキの手をとって胸に導く。
ささやかなふくらみにふれると、オヤジたち、気色悪げな顔をしたり、バツの悪そな顔したり、嫌悪感を露わにしたり、好奇心むきだしにしたり…。その顔をたしかめながら上半身を半ば露わにして、十分に自分のからだを見てもらう。
オレのからだをみつめる相手の目をたしかめたうえで、テキのもう片方の手を今度は股間に導く。と、相手がみるみる安心するのがわかる。
無言でやり終えるのがある種の作法みたいなもんなので、そのままなにもコメント聞かずに終わることも多いのだけど、「ニューハーフってやつか?」みたいに聞くやつもいる。
曖昧に肯定する。どう呼んでくれてもかまわない。
ほんとはオンナだってことにも自信がない。
オレはオレだなんて陳腐なことを言う気もない。
ただ、このからだを見てほしい、抱いてほしい、だけだ。
そのつど、見知らぬオヤジたちに。
あるいは、映画のなかに入っていけるものならば、あのオトコのかたまりみたいな佐野和宏に?
ほんとは島ちゃんがいちばん好きだ。
でもこんなにつきあいが長いのに、もちろんガキの頃から互いの性器もなにもかも知ってるし、性的なふざけあいっこもいっぱいしてるのに、オトナになってからは一度も性関係を持ったことはない。
持ってはいけない、とすらおもっているところがある。
島ちゃんは立派なバイセクシャルで、ホモのオヤジ相手にウリ始めてばりばり稼ぎ始めてからもつきあってる女の子がいて、30になれば結婚するのだという。カノジョに操たててるつもりなのか、女相手のウリはしない。
もちろんピンク館で気まぐれのように男ひっかけるなんて金にならないから、ちゃんとあちこちの店と契約してしっかりがっちり稼いでいる。オレには言わないけど貯金もしているらしい(笑)。
週に一度ぐらいここをのぞきに来るのは、オレのようすを見に来てくれるためだけだ。
オレに向かって直接は言わないけれど、だれかに「あぶなっかしくてみてらんない」みたいなことも言ってたらしい。
ついでに、高校の頃からオレとおんなじ映画オタクでもあるから、新作のピンク映画をきっちりチェックしていく。期待の新人監督が現われたりしたら、そのことで話が弾んだりする。
島ちゃんが、契約してるお店につれてってくれて飲ませてくれる。ときどきここで会う変な女三人連れとまたおしゃべり。
サッカーボールみたいな顔と体型していつも元気で勢いのあるブスのマルは、17のニンフォマニア。
ペコは、基本的に美人系なのになぜだか頬から目の端にかけての皮膚がいつも突っ張っていて変な顔。ちょうどマルの倍の齢だっていうから34でバージン。
キナコは20代半ばのMtFレズビアンで、身長が180cm以上あるのが悩み。
この三人がいつもつるんでる光景もなんだかおかしい。
ペコはバージンの強みで妄想だけはどんなことでも妄想するという。ハル・ハートリーの映画でそんなキャラクターがあったな。ニンフォマニアでポルノ作家でバージンの女。イザベル・ユペールはとてもそんなふうには見えなかったけど…(笑)。
妄想のなかでペコは男にも女にもなるし両性具有にも性別の無い存在にもなんでもなるという。相手も男でも女でもなんでもかまわないし、どんなシチュエーションでも、どんなセックスでも、なんでもやる。でもそれはオナニーのおかずとかいうのではなく、オナニーは即物的にただのオナニーで全然別物なんだという。妄想はあくまで妄想。アタマのなかだけの世界。
でも現実には、ペコは神経質なところがあって、他人にすこしでも触られるのがいやなタイプ。特に髪の毛には絶対に触らせない。
自分の無いはずのペニスがアタマのなかで立ったりするのだという話をしていて、急にオレに話を振る。
「んでさ、あんたは自分の無いはずのヴァギナが濡れる気なんかするわけ?」
「…んーいや。あー…。わかんない」
「ウシロの穴の感覚とは別もんなの?」
「…んーーーあーーたぶん別もん」
「で、そのナントカ治療が進んでくとペニスは取ってしまってヴァギナをつくったりするわけ?」
「それも、いまんとこわかんない」
「ペニスはちゃんと立つしちゃんとイクんでしょ?」
「うん」
(…でもそのことはオレがオンナであることと、なんら矛盾するとはおもわないんだけどな…)
と、オレはくちのなかでつぶやくのだが、わかってもらえるような気がしないのでだまっている。
「両方あるといいなぁ!あたしなんて心底そう思うよ!」と、ペコ。
「あったってさぁ、あんたの場合やんなきゃ宝の持ち腐れじゃん」と、マル。
引き続きマルの話になる。
そりゃ妄想だけならなんでもできるもんな。からだを傷つけることないもんな。妄想だけのほうがいいよぉ、羨ましいよぉ…と、マルは心底うらやましげに言うのだけど、もちろんすこしもうらやましがってなどいない。
あたしなんてペコとは正反対に「触りたがり」だからさ、誰といてもこう~~やって(そばにいる誰でも腕や肩や膝やあちこち触りまくりながら)触っていないと安心できないんだけどさ、だから男ができるたびに、いつもいつもくっついていたくて、ずっとずっとずっとくっついてるんだけどさ、ホントは肌が弱いもんだから(実際、赤ん坊のような柔らかそうな白い肌をしている)、そうしてるとすぐ肌が荒れてくんのよ。ちょっとした刺激でキスマークなんてすぐできちゃうしさ、それがなかなか消えないしさ、キスしまくってると唇も荒れるしさ、セックスもしまくってるとあちこちの粘膜がすれてこすれてむけてしまって痛くてたまんなくなっちゃうしさ、膀胱炎にはなるしさ、挙げ句の果てには妊娠しちゃうしさ。
「おい」と34歳バージンがすかさずツッコミいれる。
「いいけど避妊ぐらいしろよ」
「一応してるつもりなんだよ」
「それはしてねえっていうんだよ」
ひとしきり、セーフティ・セックスに関するペコのお説教。
「いやあね。あなたがた」とキナコが得意そうに
「妊娠なんかしちゃうのは野蛮だっていうの。ほら同性愛だってSMだってフェチだって文化度の高いセックスは生殖とは無縁なのよ。サド先生をお読みにならなくっちゃ…」
得恋したばかりのキナコはこのごろノロケ話ばっかりで、あとの二人から煙たがられている。
(マルは男つくってもいつもレンアイではないからノロケ話にはならない)。
「でもさぁ、レズビアンってどんなことするのぉ?」
「あーんなことも、こーんなことも、そーんなことも…(笑)。ご希望ならば実地体験させたげる」
「遠慮する」と、ふたり。
「あーんまりやりまくってるから舌なんか脱臼したりなんかして」
「えーーーー舌って脱臼するのぉ???」
「しないしない(笑)。なんであんなとこに関節があんのよ」
「ちがった。舌を骨折しかかったりなんかして(笑)。で、脱臼したのは小指よぉ」
「えーーーーなんでそんなとこ脱臼したりなんかするのぉ(笑)???」
「っと待った!だいたい舌に骨があるのぉ(笑)?」
脱臼ね。
オレの高校時代の同級生もよくやってたな。アメリカンフットボール部の選手みたいだ。
そういえば、映画の主題歌であるときには歌われない1番の歌詞は、たしかボーイスカウトで習ったかな。
In a cavern, in a canyon,
Excavating for a mine,
Dwelt a miner, forty-niner,
And his daughter Clementine.
「マーサーユーキー…」
いつもの間延びした呼び方で篤彦の呼んでる声が聞こえる。
声の糸に引っ張りあげられるようにとろとろと夢から目が覚めてみると、呼んでいるのは島ちゃんだった。
「マサユキ」と、みじかく呼ぶ島ちゃんの声。
「ああ…」
「よく寝てたね」
「うん」
「また夢見てたの?」
「うん」
「いつもの夢?」
「うん」
ちょうど映画と映画のあいだの休憩時間で、『荒野の決闘』の主題歌が流れていた。
『黄色いリボン』のあとはいつもこれ。で、そのあとはいきなりマカロニウエスタンになって『夕陽のガンマン』。
映画産業華やかなりし頃は、この映画館もいつも満員の客を呑み込んでいたのだろう。そのときにかかっていたのが西部劇なのかもしれない。あるいは単に現在の支配人だかオーナーだかの趣味なのかもしれない。ここはいつも西部劇のテーマ曲がかかっている。
天井が高くてスクリーンが大きくて、館内のどこの席からでもゆったりと映画を見ることのできる、とても良くできた映画館。
いまはピンク映画専門館だ。
Oh my darling, oh my darling,
Oh my darling Clementine....
You are lost and gone forever,
Dreadful sorry, Clementine.
西部劇の主題歌にしてはなんて甘い歌。でも映画好きではないひとには、ただの男男した「雪山讃歌」に聴こえるのだろう。
この歌を聞きながら寝入ると、決まって床屋の夢を見る。
男とセックスするときも、決まってこの夢を思い出す。
夢のなかに分厚い靄のように漂って推移していくあらゆる音が、耳のなかにつぎつぎと聴こえてくる。
ちきちきちきちき…と、小鳥が嘴をたたく声
床屋のおやじが鋏を叩く音。
ぴたぴたぴたぴた…と、小鳥が尾羽をたたく音
床屋のおやじが頬をたたく音。
バリカンのグわーという音。
ガーがジーになりまたガーになる。
そして殺人者たちが大仰に登場し、白い布を大きくはためかせる。鏡を割る。
鏡の前で明日の死人たちが、怯えるほどに強がってみせて、胴震いしながら敵を威嚇する。
そしてそれが、すぐ映画の決闘シーンに直結する。
ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!
どすん!うがー!ばたん!
歴史的な事実ではごくわずかの持続時間しかなかったOK牧場の決闘が、映画では何倍もの長さに引き延ばされたと、なにかの記事で読んだかな。
サラリーマン風ハゲオヤジと一戦終えて席に戻ってくると、スクリーンのうえでは佐野和宏が派手な発射音を響かせながらピストルを振り回している。
西部劇ではなく、明らかに香港ノワールをパクったガン・アクション。ジョン・ウーばりのスローモーション。
でも演出なんてどうでもいい。オレがピンク館に足繁く通うのは、佐野和宏に会うためでもある。
この突出した映画俳優は、相手が男だって女だってかまわず、そうすることが当然のようにあっさりと、暴力的にしかも優しく、相手のからだを奪ってみせる。ファックする。
佐野が画面に登場するとオレはおもわずためいきをついてしまう。
隣に誰が座ってようが(もちろん島ちゃんであろうが)つぶやかずにはいられない。
「あいつにヤられてみたいな…」
それが隣に声をかけるきっかけになったりする。
島ちゃんとは幼稚園時代からの幼馴染み。
小学校の半ばくらいから篤彦が加わり、三人で高校卒業までいつもつるんでた。
からだのでかい篤彦は、小柄な島ちゃんとやせっぽちのオレとのボディガード役。なぜか女の子によくもてたオレたちふたりから、女の子を払いのける役割までしていた。
島ちゃんはそれでもしっかり自分好みの女の子を確保してつきあっていたけど、オレは篤彦がそうやって難癖つけて払いのけてくれるのをこれ幸いと、あんまり女の子とつきあったことはなかった。
かといって中学までは自分がホモだなんて自覚もなかったけどね。…オレって性欲が無かったんだ。なんか周りの男たちがみんな毎日毎日性欲が溢れて困るみたいな話ばっかりしてるのがものすごく奇妙で、別世界のドウブツであるような気がしていた。
篤彦は、はっきりとは言わなかったけどオレにひそかに恋してたらしい。でもオレは篤彦とはいつも距離をおいてつきあっていて、あいつの気持ちを知っててわざと島ちゃんとばっかり仲良くしてたりした。
実際、なんでも秘密を打ち明けられるのは島ちゃんのほうで、篤彦に対するときにはなんだか一枚壁を隔てて接しているような気がしていた。卒業してから大学が離ればなれになって、彼とはあんまり会わなくなってしまった。
でもなぜか、オレがなにかをするときにはいつも(なにかをしなくても)、いまでも篤彦の声が耳の奥から聞こえる気がする。
「マーサーユーキー」
「マーサーユーキー」
「マーサーユーキー…ったら」
「なにやってんの?」
「なにやってんの?」
と、耳の奥だけに聞こえる篤彦の声にこたえながら
「オレ、なにやってんだろ?」
と、その言葉を自分で反芻する。
「篤彦、オレさぁ……」
「……オレ、いま、ピンク館でウリやってる」
あれはまだ高校1年頃だったとおもうけど、島ちゃんとふたりでこの界隈で遊んでたときに男に声をかけられて、君達なら一晩10万は軽く稼げるけどどう?って言われた。
すぐ見当ついてそのときは逃げたけど、また示し合わせて島ちゃんと出かけた。
しばらくは男子高校生としての節度を保って(笑)?ウリはやらずにいたのだけれど、また、お尻だけは処女でいようね(笑)と互いに約束もしていたのだけれど、あるとき気づいてみると、ふたりとも互いに黙ったままいつのまにか両方のハードルを易々と越えていたのを、どちらともなく告白しあった。告白して笑いあって、もっと友達度が深くなったような気がした。
篤彦は、そのことを知らずに卒業していったけど。
「篤彦、オレさぁ…………ピンク館でウリやってる」
「えーーーホント?」
「ホントだよ」
「そんなんでお金になるのぉ?」
「ならないよー。小遣い貰うだけ。だからただの趣味。密やかなお楽しみ」
「お楽しみかーーー。なにが楽しいのーーー???」
「なにが楽しいんだろーねー? 自分でもわかんないやーーーー」
ほんとはわかってる。
このオレのからだを承認してほしいからだ。(シャレじゃないけど)。
オレのからだ、どんどん変わっている。自分でも怖いくらい、まいにちまいにち変わっていく。
生まれてから20年経ったある晴れた日に、初めて自分はオンナだと気がついた。
それから3年してようやく認めてくれるオトナがいて、コレは治療できるのであると説得されて、ホルモン投与が始まった。
元からのオンナだって化粧っけなしに汚いジーンズで歩き回ってるやつがいるように、オレは化粧とか女装とかはホントは嫌いだけど、医者にいくときには女装しないといけない。女言葉も嫌いだけど使わなければいけない。心理的にも行動的にもオンナとして振舞わないといけない。とってつけたようにそうやってオンナを演じると、たいていのひとがオンナだとおもってくれることは、あるていど(オトコやってたころから)知っていた。
だけど、いつものきったないジーンズ穿いてぼさぼさの頭で出かけると、やっぱり7・3ぐらいの確率でオトコに見られる。この映画館のモギリのおっさんは付き合い長いし、オレをオトコ以外のなにものかであるかもしれないなどと疑ったこともないだろう。引っかける客のオヤジの大半も、疑いなくこちらをオトコと見るようだ。
それでもホントはオンナだし…
ニセモノだった部分がどんどんとれてホントのオンナになっていく…。
どこまでがホンモノでどこからがニセモノかがわからないくらい…
急速にホンモノになっていく。日が替わるごとに、なにがホントだったのかわからなくなってくるのだ。
だからそんな自分が怖くて、一日ごとに、だれかに自分を承認してもらわないと、いてもたってもいられなくなる。(こんなことは医者には言えないけど)。
自分を、というよりは、自分のからだを。
だから、ちゃんとからだを見てもらうことが、必要なのだ。
見てもらうだけでなく、抱いてもらうことが、必要なのだ。
とりあえずキスから始まるもののすぐに股間の的へと延びるテキの手をとって胸に導く。
ささやかなふくらみにふれると、オヤジたち、気色悪げな顔をしたり、バツの悪そな顔したり、嫌悪感を露わにしたり、好奇心むきだしにしたり…。その顔をたしかめながら上半身を半ば露わにして、十分に自分のからだを見てもらう。
オレのからだをみつめる相手の目をたしかめたうえで、テキのもう片方の手を今度は股間に導く。と、相手がみるみる安心するのがわかる。
無言でやり終えるのがある種の作法みたいなもんなので、そのままなにもコメント聞かずに終わることも多いのだけど、「ニューハーフってやつか?」みたいに聞くやつもいる。
曖昧に肯定する。どう呼んでくれてもかまわない。
ほんとはオンナだってことにも自信がない。
オレはオレだなんて陳腐なことを言う気もない。
ただ、このからだを見てほしい、抱いてほしい、だけだ。
そのつど、見知らぬオヤジたちに。
あるいは、映画のなかに入っていけるものならば、あのオトコのかたまりみたいな佐野和宏に?
ほんとは島ちゃんがいちばん好きだ。
でもこんなにつきあいが長いのに、もちろんガキの頃から互いの性器もなにもかも知ってるし、性的なふざけあいっこもいっぱいしてるのに、オトナになってからは一度も性関係を持ったことはない。
持ってはいけない、とすらおもっているところがある。
島ちゃんは立派なバイセクシャルで、ホモのオヤジ相手にウリ始めてばりばり稼ぎ始めてからもつきあってる女の子がいて、30になれば結婚するのだという。カノジョに操たててるつもりなのか、女相手のウリはしない。
もちろんピンク館で気まぐれのように男ひっかけるなんて金にならないから、ちゃんとあちこちの店と契約してしっかりがっちり稼いでいる。オレには言わないけど貯金もしているらしい(笑)。
週に一度ぐらいここをのぞきに来るのは、オレのようすを見に来てくれるためだけだ。
オレに向かって直接は言わないけれど、だれかに「あぶなっかしくてみてらんない」みたいなことも言ってたらしい。
ついでに、高校の頃からオレとおんなじ映画オタクでもあるから、新作のピンク映画をきっちりチェックしていく。期待の新人監督が現われたりしたら、そのことで話が弾んだりする。
島ちゃんが、契約してるお店につれてってくれて飲ませてくれる。ときどきここで会う変な女三人連れとまたおしゃべり。
サッカーボールみたいな顔と体型していつも元気で勢いのあるブスのマルは、17のニンフォマニア。
ペコは、基本的に美人系なのになぜだか頬から目の端にかけての皮膚がいつも突っ張っていて変な顔。ちょうどマルの倍の齢だっていうから34でバージン。
キナコは20代半ばのMtFレズビアンで、身長が180cm以上あるのが悩み。
この三人がいつもつるんでる光景もなんだかおかしい。
ペコはバージンの強みで妄想だけはどんなことでも妄想するという。ハル・ハートリーの映画でそんなキャラクターがあったな。ニンフォマニアでポルノ作家でバージンの女。イザベル・ユペールはとてもそんなふうには見えなかったけど…(笑)。
妄想のなかでペコは男にも女にもなるし両性具有にも性別の無い存在にもなんでもなるという。相手も男でも女でもなんでもかまわないし、どんなシチュエーションでも、どんなセックスでも、なんでもやる。でもそれはオナニーのおかずとかいうのではなく、オナニーは即物的にただのオナニーで全然別物なんだという。妄想はあくまで妄想。アタマのなかだけの世界。
でも現実には、ペコは神経質なところがあって、他人にすこしでも触られるのがいやなタイプ。特に髪の毛には絶対に触らせない。
自分の無いはずのペニスがアタマのなかで立ったりするのだという話をしていて、急にオレに話を振る。
「んでさ、あんたは自分の無いはずのヴァギナが濡れる気なんかするわけ?」
「…んーいや。あー…。わかんない」
「ウシロの穴の感覚とは別もんなの?」
「…んーーーあーーたぶん別もん」
「で、そのナントカ治療が進んでくとペニスは取ってしまってヴァギナをつくったりするわけ?」
「それも、いまんとこわかんない」
「ペニスはちゃんと立つしちゃんとイクんでしょ?」
「うん」
(…でもそのことはオレがオンナであることと、なんら矛盾するとはおもわないんだけどな…)
と、オレはくちのなかでつぶやくのだが、わかってもらえるような気がしないのでだまっている。
「両方あるといいなぁ!あたしなんて心底そう思うよ!」と、ペコ。
「あったってさぁ、あんたの場合やんなきゃ宝の持ち腐れじゃん」と、マル。
引き続きマルの話になる。
そりゃ妄想だけならなんでもできるもんな。からだを傷つけることないもんな。妄想だけのほうがいいよぉ、羨ましいよぉ…と、マルは心底うらやましげに言うのだけど、もちろんすこしもうらやましがってなどいない。
あたしなんてペコとは正反対に「触りたがり」だからさ、誰といてもこう~~やって(そばにいる誰でも腕や肩や膝やあちこち触りまくりながら)触っていないと安心できないんだけどさ、だから男ができるたびに、いつもいつもくっついていたくて、ずっとずっとずっとくっついてるんだけどさ、ホントは肌が弱いもんだから(実際、赤ん坊のような柔らかそうな白い肌をしている)、そうしてるとすぐ肌が荒れてくんのよ。ちょっとした刺激でキスマークなんてすぐできちゃうしさ、それがなかなか消えないしさ、キスしまくってると唇も荒れるしさ、セックスもしまくってるとあちこちの粘膜がすれてこすれてむけてしまって痛くてたまんなくなっちゃうしさ、膀胱炎にはなるしさ、挙げ句の果てには妊娠しちゃうしさ。
「おい」と34歳バージンがすかさずツッコミいれる。
「いいけど避妊ぐらいしろよ」
「一応してるつもりなんだよ」
「それはしてねえっていうんだよ」
ひとしきり、セーフティ・セックスに関するペコのお説教。
「いやあね。あなたがた」とキナコが得意そうに
「妊娠なんかしちゃうのは野蛮だっていうの。ほら同性愛だってSMだってフェチだって文化度の高いセックスは生殖とは無縁なのよ。サド先生をお読みにならなくっちゃ…」
得恋したばかりのキナコはこのごろノロケ話ばっかりで、あとの二人から煙たがられている。
(マルは男つくってもいつもレンアイではないからノロケ話にはならない)。
「でもさぁ、レズビアンってどんなことするのぉ?」
「あーんなことも、こーんなことも、そーんなことも…(笑)。ご希望ならば実地体験させたげる」
「遠慮する」と、ふたり。
「あーんまりやりまくってるから舌なんか脱臼したりなんかして」
「えーーーー舌って脱臼するのぉ???」
「しないしない(笑)。なんであんなとこに関節があんのよ」
「ちがった。舌を骨折しかかったりなんかして(笑)。で、脱臼したのは小指よぉ」
「えーーーーなんでそんなとこ脱臼したりなんかするのぉ(笑)???」
「っと待った!だいたい舌に骨があるのぉ(笑)?」
脱臼ね。
オレの高校時代の同級生もよくやってたな。アメリカンフットボール部の選手みたいだ。
そういえば、映画の主題歌であるときには歌われない1番の歌詞は、たしかボーイスカウトで習ったかな。
In a cavern, in a canyon,
Excavating for a mine,
Dwelt a miner, forty-niner,
And his daughter Clementine.
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