2019年10月2日水曜日
ブランデンブルク協奏曲
(90年代)こもっていたその時期がいまから思えば「軽い鬱」だったかもしれないと本人が素人診断するのはホンモノの鬱レベルではなかったろうなということと(だって昼間にはそれなりに仕事もしていたし本人にはまともな意識があり周囲が気づいて病院に担ぎこむほどでもなかったということ)それがひとりきりの夜になるとたまらなく鬱の重みに押しつぶされる日々が続いていたことと。自殺念慮という症状があるわけだけどこれは経験した人にしかわかるめえ。「あ、自殺念慮キタ!これはいつもの鬱の症状でやばいから病院に駆け込もう」とか思える人はよほどその病気との付き合いが長くおそらく瀕死の体験も実際にして来ている人かもしれないとおもうけど、当時のわたしにそんな知恵はなく13階のベランダから身を躍らせる代わりに灰皿を投げていた。(いや、ほんまにそのことば通りに)。で、背中からしつこくしつこく重たく重たく迫ってくる鬱の重圧をなんとかやり過ごすために頼っていた最後のよりどころ(縋った藁しべ)が音楽で、そんなときに繰り返し繰り返し頼ったのがJoy Division(もちろん Ian Curtisが自死を遂げたことは知っててだからこそ身に沁みたとこもあったかも)と バッハのブランデルク協奏曲 。これはたんなる当時の私の感覚で根拠も何もないのだけれど、世間的に心を鎮めるのに良いとされるモーツァルトは当時の私の耳にはめちゃマッチョに聴こえ聴くに堪えなくて(当時の私を現実的に苦しめていたもの=迫害者はなにかマッチョ的なるものであった)それにくらべてバッハは女性的?(もしくは脱男性的)に聴こえていた。なかでもたまたま持ってたブランデルク協奏曲の4番5番6番をこの順で収録したTrevor Pinnock率いるThe English Concertの古楽器つかったCDはその再生頻度からして大袈裟に言えば(いやちいさく見積もっても)わたしの命を救ってくれたともいえます。夜中アンプのとこに駆け寄り背中まるめてヘッドホンで聴いてた自分の姿を第三者がみているように思い出すことができる。
2019年9月29日日曜日
2019年9月13日金曜日
13階の視線
うーん、自己憐憫ととられずにこの話ができるかどうか・・。
学生時代に住んでいた京都から自覚的に住む場所を選び直したとき、出身は兵庫県だけど実質は大阪の辺境の出だったもので、大阪らしい大阪の下町に住みたくてそういう街を探し、うっかり4号棟の13階という物件を抽き当て、地名を見てもなんだかさる歴史上の人物の怨念に関係ありそうな地名で、そんな迷信に気をとられるのは馬鹿げているとはわかっていながら、入居して数年経ってある人生のカタストロフに遭遇。それからまたしばらくあって阪神淡路大震災があり、けっきょくは「その後」の人生を長く身を潜めて生きるみたいな意識で長々とその時期を過ごしてしまいました。
いまから思うと軽い鬱もあったのかなぁ・・摂食障害もやってたし。
時期の変遷を画するのが相棒のパソコンで。最初期はNEC機にBASICで命令して遊んでた頃、MS-DOS、フロッピーディスク、友人や仕事の取引先に勧められてマッキントッシュに趣旨替え。あとはマックひとすじ(アンチWindows)、パソコン通信には手を出さなかったのでマック機のときにインターネットに接続し始め、それからネット付き合いが広がりはじめたところまで・・。
911(英語で読んでくれ)からそういえばもう18年経つのだねぇ・・と一昨日語学の先生と話をしていてその911のときにまさしくNYに住んでいてまさしくあのビルに職場のあったネット友達ほか数人で当時ウェブチャットよりも早かったナントカという仕組みのチャットで刻々現地の様子を知らせてもらいパソコンに張りついてたことを思い出します。
となると2000年代に入ってからはもう回復期か・・それまでは振り返ればホントに沈潜期。なーんも生産的なことしてないし上昇も成長もしてない。普通の人のライフステージでいえば最も生産的であるべき年齢層をそんなふうに過ごしてしまったことはいまからおもえば痛恨の極みでとても他人(ひと)には勧められないけれど、これもまた迷信的にいえば宿命でもあったのでしょうか・・。
その場に住んでいた頃の意識を「13階の視線」「13階の死線」と呼んでました。13階のベランダに立つと川が見下ろされ東向きなので向こうの山が白みはじめ暁どきから日の出が見渡される。わたしはいつここから落ちてもおかしくないしふと落ちたくなる衝動にかられるかもしれない。恐怖であるとともに恍惚でもありました。だからベランダに立つことは怖くてようせんかった。その身代わりとしていろんなもの投げ落としましたな・・。
学生時代に住んでいた京都から自覚的に住む場所を選び直したとき、出身は兵庫県だけど実質は大阪の辺境の出だったもので、大阪らしい大阪の下町に住みたくてそういう街を探し、うっかり4号棟の13階という物件を抽き当て、地名を見てもなんだかさる歴史上の人物の怨念に関係ありそうな地名で、そんな迷信に気をとられるのは馬鹿げているとはわかっていながら、入居して数年経ってある人生のカタストロフに遭遇。それからまたしばらくあって阪神淡路大震災があり、けっきょくは「その後」の人生を長く身を潜めて生きるみたいな意識で長々とその時期を過ごしてしまいました。
いまから思うと軽い鬱もあったのかなぁ・・摂食障害もやってたし。
時期の変遷を画するのが相棒のパソコンで。最初期はNEC機にBASICで命令して遊んでた頃、MS-DOS、フロッピーディスク、友人や仕事の取引先に勧められてマッキントッシュに趣旨替え。あとはマックひとすじ(アンチWindows)、パソコン通信には手を出さなかったのでマック機のときにインターネットに接続し始め、それからネット付き合いが広がりはじめたところまで・・。
911(英語で読んでくれ)からそういえばもう18年経つのだねぇ・・と一昨日語学の先生と話をしていてその911のときにまさしくNYに住んでいてまさしくあのビルに職場のあったネット友達ほか数人で当時ウェブチャットよりも早かったナントカという仕組みのチャットで刻々現地の様子を知らせてもらいパソコンに張りついてたことを思い出します。
となると2000年代に入ってからはもう回復期か・・それまでは振り返ればホントに沈潜期。なーんも生産的なことしてないし上昇も成長もしてない。普通の人のライフステージでいえば最も生産的であるべき年齢層をそんなふうに過ごしてしまったことはいまからおもえば痛恨の極みでとても他人(ひと)には勧められないけれど、これもまた迷信的にいえば宿命でもあったのでしょうか・・。
その場に住んでいた頃の意識を「13階の視線」「13階の死線」と呼んでました。13階のベランダに立つと川が見下ろされ東向きなので向こうの山が白みはじめ暁どきから日の出が見渡される。わたしはいつここから落ちてもおかしくないしふと落ちたくなる衝動にかられるかもしれない。恐怖であるとともに恍惚でもありました。だからベランダに立つことは怖くてようせんかった。その身代わりとしていろんなもの投げ落としましたな・・。
2019年9月1日日曜日
その後のその後
「局所再発は全身再発の一症状であることも、局所再発のみの場合もあります。後者の場合は手術や、放射線治療により治癒します。3cm 以下の胸壁再発、腋窩リンパ節または内胸リンパ節の再発(鎖骨上リンパ節再発は予後不良)、無再発期間が2年以上の場合は予後が良好なことが多いです。このような人の5年無再発率(新たな局所再発または遠隔再発)はある最近のデ−タによれば25%、10年無再発率は15%である、10年の局所コントロ−ル率は57%です。」----(アメリカの医療文書の翻訳)※南雲吉則・川端英孝氏による。
べつの資料によればIIIB(遠隔転移なくリンパ節への局所再発)で5年生存率35%,10年生存率20%。5年後生きてる確率1/3か。10年間のパスポートを使い切れる確率は2割か。それにしてもこのおなじ文書が「再発乳ガンはしばしば治療に反応しますが、治癒することは稀です」で始まってんだもんな。
わたしはすでにわたしの晩年期にはいっている。
なんで85歳かというとお役所の出してる日本人の簡易生命表というデータで見ると女85歳の平均余命がだいたい7.5年ぐらい(じわじわ延びてはいるが)だからだ。
統計には疎いもんで「平均」とかこういう概念には弱いけど、ま、そんなもんと思っといてまちがいないでしょ、と見通したてる。
ふつうの85歳でどうでしょうね。ふだんが健康なら、なんとなくここまで生きたんだからあと10年ぐらいは悠々生きられるような感じがある。だけど20年は生きられないんじゃないかって気もしてる。だけどひょっとしたら100歳越えてしまうかも…という気も一方ではあるかもしれない。それは、でもむしろ長生きリスクか。ひょっとしたら来年、再来年ぐらいにでも病気して、ぽっくり逝ってしまえるかも。そういうほうが楽かも…とも思っているかも。
たぶんわたしもそんな感じ。10年は楽々いきそうだけど20年は生きられないかも。来年再来年にでも(いや明日にでも)また再発・転移が見つかれば、やばいとこだったらそれから1カ月とか1年以内とか3年とか5年とか…。
とりあえず、今日明日に死ぬことはないだろう(もちろんほかの病気や事故ってこともありうるが)。今週はだいじょぶだろう。といいつつ、新たな日、新たな週を迎えている。ああ、今日も無事。明日も無事そう…。
いつやってくるのか、確率はわかるようでわからない。自分に起こることはそれかそれでないか二者択一であってシュレジンガーの猫みたいに50%の確率で生きてるなんてありえないもんな。ぜったい当たる占いじゃあるまいし確実にわかるわけはない。遠いようで近い。死の姿を、ごく間近に感じたときと間遠に感じるときがある。その距離感。
PS : これ書いた時点から数値ははるかに改善されてるはずです。念のため。
べつの資料によればIIIB(遠隔転移なくリンパ節への局所再発)で5年生存率35%,10年生存率20%。5年後生きてる確率1/3か。10年間のパスポートを使い切れる確率は2割か。それにしてもこのおなじ文書が「再発乳ガンはしばしば治療に反応しますが、治癒することは稀です」で始まってんだもんな。
わたしはすでにわたしの晩年期にはいっている。
なんで85歳かというとお役所の出してる日本人の簡易生命表というデータで見ると女85歳の平均余命がだいたい7.5年ぐらい(じわじわ延びてはいるが)だからだ。
統計には疎いもんで「平均」とかこういう概念には弱いけど、ま、そんなもんと思っといてまちがいないでしょ、と見通したてる。
ふつうの85歳でどうでしょうね。ふだんが健康なら、なんとなくここまで生きたんだからあと10年ぐらいは悠々生きられるような感じがある。だけど20年は生きられないんじゃないかって気もしてる。だけどひょっとしたら100歳越えてしまうかも…という気も一方ではあるかもしれない。それは、でもむしろ長生きリスクか。ひょっとしたら来年、再来年ぐらいにでも病気して、ぽっくり逝ってしまえるかも。そういうほうが楽かも…とも思っているかも。
たぶんわたしもそんな感じ。10年は楽々いきそうだけど20年は生きられないかも。来年再来年にでも(いや明日にでも)また再発・転移が見つかれば、やばいとこだったらそれから1カ月とか1年以内とか3年とか5年とか…。
とりあえず、今日明日に死ぬことはないだろう(もちろんほかの病気や事故ってこともありうるが)。今週はだいじょぶだろう。といいつつ、新たな日、新たな週を迎えている。ああ、今日も無事。明日も無事そう…。
いつやってくるのか、確率はわかるようでわからない。自分に起こることはそれかそれでないか二者択一であってシュレジンガーの猫みたいに50%の確率で生きてるなんてありえないもんな。ぜったい当たる占いじゃあるまいし確実にわかるわけはない。遠いようで近い。死の姿を、ごく間近に感じたときと間遠に感じるときがある。その距離感。
PS : これ書いた時点から数値ははるかに改善されてるはずです。念のため。
2019年5月10日金曜日
まいにち毎朝, 押し寄せてくる
ひとがみな、なにかの待合せがあればきちんと約束の時間、約束の場に到着する。なにかの催しや会があれば遅れないように所定の場所に到着する。会社や学校には定時に必ず着いている。ある時間になるとある特定の場所に、そこに関わりのある特定の人々が、ちゃんと集まっている…。そういう事態が、なにか不思議でたまらない気がすることがある。
自分がその時間になればそこに行っているべきであるということを頭に入れて、間に合うように各種交通機関を使って出かけ、到着する…ということがどうしてこれほど多くの人々に(というかほとんどの人間に)可能だというのが不思議だ。
わたし自身はよく“抜ける”こともあるが、自分がちゃんと時間通りに行ければなにか奇跡のように思える。よくやったと誉めてやりたい気がする。毎日毎日まちがわないようにその日やるべきことをきちんと実行するなんて、まるで奇跡のようだ!
記憶は一日ごとに再構築されている。昨日との連続線は毎晩寝るたびにいったん切れて、朝目覚めるときにゆっくりつなぎあわされる。「今日は何をするのだっけかな…?」と記憶をよみがえらせる作業をねぼけた頭のなかでゆっくりめぐらせているのがわかる。
昨日と同じ自分のようでも少しずつ変わっていて、その不連続面は朝目覚めたときに最も大きくあるような気がする。子どもならば、昨日よりもひとまわり成長している。老人ならば、がくっとあるいは少しだけ昨日よりもなんらかの身体的機能を喪っている。病人や怪我人ならば、昨日より目立ってあるいは少しだけ回復あるいは悪化しているのが、朝の体調で自覚される。肥ったり痩せたり〔筋肉や脂肪がついたりとれたり)体格が変わるときも、毎朝毎朝のペースで更新されていると思う。
カフカの『変身』が朝目覚めるところで始まっているのももっともだと思う。大島渚だったかが、「学生の自主映画はほとんどが朝目覚めるところから始まっているのですよ」と言ってたような記憶があるが、それももっともだと思う。
朝目覚めるといきなり昨日との連続線が断ち切られていて、昨日までの自分でない自分になっている。『変身』はある日を境に引きこもりになってしまった孤独な男の寓話と見えなくもないのだが(そんな比喩的な読み方をしないほうが面白いことは面白いが)、昨日とちがう自分、昨日とちがう世界になってしまったら、もうどこへも出られなくなってしまうだろう。(いや「出かけなくてよくなった」といったほうがただしいかもしれない)。
そこからまた別の連続線が始まり、家族のなかの“異物”(=虫)としての再構築が始まるのだが…。
アンジェリーナ・ジョリーだかミラ・ジョヴォヴィッチだかが主演したなんだかのゲームを元ネタとしたSF映画で、その場にいる人物らがみんな記憶喪失に陥っていて、誰が悪者か、誰が良い者か、本人たち自身にもわからないというようなシチュエーションがあったと記憶する。
なんか、それっておかしくない? 記憶喪失に陥る前“悪者”だった者は、記憶喪失に陥っているあいだ、どのような倫理観で行動するのだろう?(映画では、他者への思いやりなども常識的にある“普通に良い奴”の言動様式を取っていたような気がするが…。) で、記憶を取り戻した途端、自分は“卑劣漢”だったことを思い出し、悪人にふさわしい狡猾な心根を取り戻し、卑劣で悪い思考様式に沿って行動するというのだろうか?
記憶がないあいだの“普通に良い奴”のそいつと、“卑劣漢”のそいつと、どちらがほんもののそいつなのか。
悪漢になるなら、なるだけの個人史というのがあったはずなのだが、それが一気に襲ってくるか、一気に奪われたときにはどうなるのだろう? 一気に襲ってくるときの恐ろしさはどんなだろう?…それが毎朝繰り返されたら…?
実際、それは毎朝繰り返されているのだ。それは毎朝、喪われたものへの哀惜ときっと満たされることのない虚しい願望のないまぜになった一瞬の甘い傷みのなかで“今日の自分”を再構築するとき、押し寄せてくるものの恐ろしさである。
目が覚めたらなにもかもすっかり元どおりで、いちばん幸せなときのわたしであったなら…。しつこいぶつぶつがいっぱい手指にできる前の赤ちゃんみたいなやわらかい肌だったら…。胸とおなかに傷痕ができる前だったら…。老いのしるしも、癌の芽もまだ見当たらない、生まれたてのような肉体だったら…。これからたっぷり学びなにかを究めていく余裕のある若々しい頭脳だったら…。
恋人が去る前だったら…(失われたものを惜しむ夢はいつも“去った恋人がまた戻ってくる”というかたちをとってあらわれる)。悔やんでも悔やみきれない、惜しがっても二度と戻っては来ない。いくら見ても見果てぬ夢。ぼんやりしているうちに空しい願いはひとつひとつ消去されて、はっきり目覚めたときには、ひどく貧弱な現実がぽんと残されているだけ。何十年間積み重ねた肉体の老い。すり減らした精神の衰弱。どこかで確実に生長している癌。手指は痒いし、部屋は狭いし、お金はないし、そばにいてくれる人もいないしね!
或る朝目覚めて、(わたしならぬ)虫になっているのと、こんなふうに絶望的な“わたし”がどどっと押し寄せてくるのと、いったいどっちが堪えがたいのだろうか・・・?
自分がその時間になればそこに行っているべきであるということを頭に入れて、間に合うように各種交通機関を使って出かけ、到着する…ということがどうしてこれほど多くの人々に(というかほとんどの人間に)可能だというのが不思議だ。
わたし自身はよく“抜ける”こともあるが、自分がちゃんと時間通りに行ければなにか奇跡のように思える。よくやったと誉めてやりたい気がする。毎日毎日まちがわないようにその日やるべきことをきちんと実行するなんて、まるで奇跡のようだ!
記憶は一日ごとに再構築されている。昨日との連続線は毎晩寝るたびにいったん切れて、朝目覚めるときにゆっくりつなぎあわされる。「今日は何をするのだっけかな…?」と記憶をよみがえらせる作業をねぼけた頭のなかでゆっくりめぐらせているのがわかる。
昨日と同じ自分のようでも少しずつ変わっていて、その不連続面は朝目覚めたときに最も大きくあるような気がする。子どもならば、昨日よりもひとまわり成長している。老人ならば、がくっとあるいは少しだけ昨日よりもなんらかの身体的機能を喪っている。病人や怪我人ならば、昨日より目立ってあるいは少しだけ回復あるいは悪化しているのが、朝の体調で自覚される。肥ったり痩せたり〔筋肉や脂肪がついたりとれたり)体格が変わるときも、毎朝毎朝のペースで更新されていると思う。
カフカの『変身』が朝目覚めるところで始まっているのももっともだと思う。大島渚だったかが、「学生の自主映画はほとんどが朝目覚めるところから始まっているのですよ」と言ってたような記憶があるが、それももっともだと思う。
朝目覚めるといきなり昨日との連続線が断ち切られていて、昨日までの自分でない自分になっている。『変身』はある日を境に引きこもりになってしまった孤独な男の寓話と見えなくもないのだが(そんな比喩的な読み方をしないほうが面白いことは面白いが)、昨日とちがう自分、昨日とちがう世界になってしまったら、もうどこへも出られなくなってしまうだろう。(いや「出かけなくてよくなった」といったほうがただしいかもしれない)。
そこからまた別の連続線が始まり、家族のなかの“異物”(=虫)としての再構築が始まるのだが…。
アンジェリーナ・ジョリーだかミラ・ジョヴォヴィッチだかが主演したなんだかのゲームを元ネタとしたSF映画で、その場にいる人物らがみんな記憶喪失に陥っていて、誰が悪者か、誰が良い者か、本人たち自身にもわからないというようなシチュエーションがあったと記憶する。
なんか、それっておかしくない? 記憶喪失に陥る前“悪者”だった者は、記憶喪失に陥っているあいだ、どのような倫理観で行動するのだろう?(映画では、他者への思いやりなども常識的にある“普通に良い奴”の言動様式を取っていたような気がするが…。) で、記憶を取り戻した途端、自分は“卑劣漢”だったことを思い出し、悪人にふさわしい狡猾な心根を取り戻し、卑劣で悪い思考様式に沿って行動するというのだろうか?
記憶がないあいだの“普通に良い奴”のそいつと、“卑劣漢”のそいつと、どちらがほんもののそいつなのか。
悪漢になるなら、なるだけの個人史というのがあったはずなのだが、それが一気に襲ってくるか、一気に奪われたときにはどうなるのだろう? 一気に襲ってくるときの恐ろしさはどんなだろう?…それが毎朝繰り返されたら…?
実際、それは毎朝繰り返されているのだ。それは毎朝、喪われたものへの哀惜ときっと満たされることのない虚しい願望のないまぜになった一瞬の甘い傷みのなかで“今日の自分”を再構築するとき、押し寄せてくるものの恐ろしさである。
目が覚めたらなにもかもすっかり元どおりで、いちばん幸せなときのわたしであったなら…。しつこいぶつぶつがいっぱい手指にできる前の赤ちゃんみたいなやわらかい肌だったら…。胸とおなかに傷痕ができる前だったら…。老いのしるしも、癌の芽もまだ見当たらない、生まれたてのような肉体だったら…。これからたっぷり学びなにかを究めていく余裕のある若々しい頭脳だったら…。
恋人が去る前だったら…(失われたものを惜しむ夢はいつも“去った恋人がまた戻ってくる”というかたちをとってあらわれる)。悔やんでも悔やみきれない、惜しがっても二度と戻っては来ない。いくら見ても見果てぬ夢。ぼんやりしているうちに空しい願いはひとつひとつ消去されて、はっきり目覚めたときには、ひどく貧弱な現実がぽんと残されているだけ。何十年間積み重ねた肉体の老い。すり減らした精神の衰弱。どこかで確実に生長している癌。手指は痒いし、部屋は狭いし、お金はないし、そばにいてくれる人もいないしね!
或る朝目覚めて、(わたしならぬ)虫になっているのと、こんなふうに絶望的な“わたし”がどどっと押し寄せてくるのと、いったいどっちが堪えがたいのだろうか・・・?
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