2019年7月30日火曜日

ひとりで死ぬな

確かに衝撃、だった。
そこには俺たちの知らなかった篤彦の生い立ち、家庭環境、家庭の事情、そして篤彦の経験しなければならなかった余りにも苛酷なできごとのかずかず・・がこと細かに書かれていた。
凄まじいDV。肉体的にも精神的にも。
子どもの頃から、父親からも母親からも、それどころか祖母や祖父らからも、殴られ蹴られ責め立てられ、ロクな世話をされずに生きてきている。
ことにキツいのは母親で・・
篤彦の実父を追い出して別の男とくっつき、この男もまた篤彦を虐待し、その後はその男もまた捨てて若い男と駆け落ちし、篤彦の貯金に手をつけて家を出る。その後も金が必要になれば篤彦を呼び出しては、母子の情を質にとって、必要な金を巻き上げその都度裏切り去っていく。
篤彦はこの両親の借金の一部を背負う羽目にもなっているらしい。

ブログには、詳細に覚えているらしい子ども時代の、酷い仕打ちを受けた場面の一齣一齣が克明に記述され、
自分を苛んだ家族や周囲の人びとへの感情が記述され、
現在の自分の状況もリアルタイムで記される。どうやら精神科医にかかっているらしいこともわかった。

篤彦が、いつもおどおどした目をしていたことを思い出した。
いざとなると喧嘩は異様に強かった。何度か目撃したが、あんなに喧嘩慣れしたスマートな闘い方をする奴は初めて見た。まず相手の攻撃を封じ込め急所を突いて戦意を喪失させる。そして自分も相手もあまりダメージを受けない先にうまく終結させる。
それでいて、普段は臆病者を装った。トラブルには巻き込まれないように、おおきな身をいつもちいさく縮めてひっそりと、俺たち二人に隠れるように生きていた。
金魚の糞は・・隠れ蓑だったか。

ブログにはいつもコメントを寄せる常連たちがいて、篤彦を励ましていた。
一方で口汚く罵っていくコメントもあって、そういうのはすぐに削除され、ブロックするのかしばらくは消えるが、また現れる。同一人物かどうかはわからない。たぶん複数。
そういう奴らがどこやらの匿名掲示板で篤彦を名指しで誹謗中傷しているらしいこともわかった。
気になるのは、篤彦がいちいち傷ついていることだ。
自分は社会に迷惑をかけるばっかりのクズなんだからひとりで死ぬ。
自分が死ねばみな満足なんだろう。
みたいな書き込みがあっては、好意のコメントを書く読者らに心配をかけ、しばらく落ち着いてはまた「ひとりで死ぬ」が始まる。

俺はブログの最初の最初から読んで、何度も読んだ。
涙が溢れて溢れて・・たまらなかった。
篤彦、なんでこのこと俺たちに言わなかった?
なんで俺たちに助けを求めなかった?
なぜ?

マルは「失敗」したらしい。
他の読者らに混じってブログに励ましのコメントを送り続けていた。
なじんだ頃にメッセージを送り、自分の正体を明かして「一度会いませんか?」と申し出た。すると
なんとブロックされてしまい、コメントもメッセージもできなくなってしまったらしい。
「篤彦、あたしたちには知られたくなかったんだ」
「高校時代、そんなことおくびにも出さなかったでしょ」
「あたしたちだけには知られたくなかったんだ」
「・・それなのに。あたしったら・・なんて無神経なことを」
「余計に篤彦を傷つけることをしちゃったよ・・」
マルはそう言って、また泣いた。
雅之と俺とは顔を見合わせ・・どうしていいかわからなかった。
「どうする?」
「どうするって・・」
「ひとりで死なせるわけにはいかないよなぁ・・」

「そうよ」
「ひとりで死なせちゃだめよ」
それが、とりあえずの結論。

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