2019年5月5日日曜日

むね

 弦楽器のちいさな室内はおしゃべりで充ちている。尊敬するひと憧れのひとに好きなともだち愛しいともだちふつうの知合いひそかに熱愛してる相手に実は忌み嫌っている奴等ときおりアクマも天使も虻蜂蚊フライに擬似餌のたぐいも通り過ぎる。つまりだれも黙ろうとしない脳味噌の嵐みんな我先に自己主張しておおきな聲だして。不協和音だい好き不のぶぶんではなくとにかく和のつくものはなんでもね渓川の速い流れのみずの筋のように遁走するのはもっと好きおいついて絡んでまた逃げてべつのとくっついて出血するほど傷つけて有るものはかたまって淀み或るものはいつのまにか消えみなわとともに放生す。
 おばあさんの知恵。あなたがたに一言いっておくが世界のすべての人にとってたったひとつしか意味をもたない言葉、宇宙にたったひとつしかないもの、唯一無二を示す言葉は、ダメですよ。若い両親としてはそれが愛情の徴だと素朴に思っていたから、祖先の押しつけは意外だったしそれが自分たちの義務とでもいわんばかりに反抗した。プチブル這い上がりかけのゴージャスであればそれで満足とする余りに他愛ない無知だったが、それが歴史に消えない汚点を残した。
 うるさい。うるさい。うるさい。言葉がうるさい。うるさい言葉ばっかり。言葉はみんなうるさい。うるさくない言葉なんてありえない。だから黙りな。黙らせたい。音楽ではまったくない、どんな音符も発音も意味をもってしまう、言葉ばかりが耳に溢れる世の中などにやってきたくなかった。
 といっても、上空から見れば大したことのない鼻の頭のにきびのように欠落点がぼつぼつぼつと続いている程度だ。ここは砂漠だから雲もない。衛星が三個見えれば位置も深さもわかる。唯一無二の樹は天候と政治の意図のもとに曲げられ撓められ刈り込まれて盆栽の風流な枝振り。蜃気楼すべてのかたちすべての波に宇宙の印がある。すべての細胞すべての元素すべての素粒子に名前がある。
 身長不詳。
 体重不詳。
 人相不詳。
 年齢不詳。
 性別不詳。
 国籍人種民族不詳。
 思想信条不詳。
 いずれも不問に処す。差別になるもんね。
 念仏三唱山椒参照しても先祖の体の奥深くあった元の体系は失われてしまっている。学者諸君はもっともらしい注釈づけに我を忘れているが解釈はいずれも無効。何も知らない。何も知らないとだけ、明言すべきなのだ。
 過剰または欠落しかない。もろもろの海底の帰順点にさえ純粋音源もオリジナルの楽譜も見あたらない。いにしえ髣髴とさす粗悪シミュラークル麗しく手渡され足渡され使い古され使い回されゴミばかりがうるさくってしょうがない。べつに気持ちいいサウンドが欲しいってんじゃないの。喧噪は喧噪として街のまっただ中に放り出されて、右も左もわからずおたおたして不安におののいていたほうがましだった。ただのノイズが、ある日いきなりどこかの外国語に違いないことがわかる。次の瞬間、意味が飛び込んでくる。何もかも分かる。意味のある熟語になる。耳ふたいでも襲いかかってくる。指示する。命令する。強姦する。
 何処やらから拾い集めてきた受け売りの受け売りのそのまた受け売り知識だけでよくもそれだけ確信がもてるもんだ。孫の孫引きおばあさんのまがいもの庭園は、誤謬ただしてあげる衷心の不在とアホ相手にする面倒臭さと想像力の欠陥とほとんど吝嗇にまで高められた彼女の素直さと信心深い無批判聴衆のおかげで、このうえなく堅固なキッチュ趣味を誇っている。聞き覚えの実践の真似の経験のそのまた伝播って長い時間がちょん切られる今だから、強迫的な鑑定書は増えるいっぽうだしそれに拮抗して素朴派の思い違い独善的な勘とやらもはびこるばかり。
 最後に「はいこれでチャラね」って言えばほんとにチャラになると思ってた時代もあった。「いままでのことは全部嘘だ」といえば本当の嘘になると思ってた。事実は、現実として常に3乗を生産するから、すべての感情のすべての直観の真と偽と裏とで時間のすべてに百万だら雑音を残しながら進んでいく。
 顔は悪いが美声のみを誇る医師はその声だけで多くの患者をファックしながらここでも大きな過ちを犯した。リビドー至上論で構造にも法則にも歴史にも一切眼を呉れなかったもので、恥しい好き勝手なんつう幸せな死後をプレゼンテーションしてしまったのだ。わかっていながら最後は「はい、これでみんなチャラね」って逃げ去っていく。なに後始末くらい誰かがしてくれるさ。それが天職の公務員だっているんだから。
 (なお、中間地点のどの点を取ってみても偽IDは欠落している。削除されたのか、失われたのか、それとも初めから存在しなかったのか、現在調査中。抜取り検査よりもブロックバスターがふさわしい。)

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