2019年5月5日日曜日

右翼

(オフ)
 ルールは?
 ナンデモアリのナンモナシ。
 でも滲み出てくるものはつきまとう筈だから、減点制にしましょう。
 オッケイゴー!
(オン)
 うちの仔猫ちゃんたちには、みんなそれぞれの名前がありそれぞれの顔がありそれぞれの声がございます。だけど遊ぶときには、それぞれの位置と役割に従って番号を割り振ります。猫ちゃんたちが動いて位置が変わるごとに、番号は自動的に変わります。あくまでできるだけ公平な初期条件と本人の契機と運動によるもので、うちじゃ先に生まれたから一郎、次男は次郎なんて馬鹿な名前はつけませんのよ。どんな猫ちゃんにとっても、わたくしは恋人なんです。ハハオヤなんてものではありません。
 よくあるオハナシで恐縮ではありますが、うちの猫ちゃんたち、ヒロキとヒロミだって、この地球に生きるいきものなんです。かれらが滋養のあるペットフードを好んでたべ、毎日ちがう献立でないと満足せず、たまに鼠やヤモリやツバメの生肉を狩ってくるからといって、誰がそれを責められましょう。
(オフ)
 減点59。
 ちょい待ち。わたくしとわたくしのイエに関しましてはそんなとことっくに逸脱したうえで発言しております。想像力のかけらもないあまっちょと見損なわないで。じゃ伺いますがあなた、これが面白くないとどうして言えて? 結構。面白くないにはいくらでも理屈はつきますけれど、面白いに文句は要りませんものね。
(オン)
 ごめんなさい。本題に戻ります。ご質問は何でしたっけ?
 ああ、そうでした。環境のお話でしたね。座標にはごく普通の非ユークリッドフィールドの一種を用いますが、ここには大きな罠がございまして、猫ちゃんが動くたびごとにランダムな穽が開くようになっています。一番よく動く子がいちばん大きな穴に呑込まれるのは非常によくあることですし、かとって全く動かない子の足元に、穴のほうが勝手にやってくることだってございます。陥穽にはどれにも名前がなく徴がなく、第8感までのどんな感覚の網にも確率的に捉えられることはございません。
 人数には制限はございませんが、できるだけ少ないほうが珍重されます。量を追求するのが目的でなく、きっちり適正量でもっともエレガントな解答を求めるのが美しいのよ。アタリマエじゃない。
 前衛陣にはいちばんコンサバな子を選びます。なぜならそこを前衛と名付けたとたんそれより前に出よう前に出ようとするお茶目な子が必ずいるからなのよ。後衛は位置的には最も高いところにおきます。ここにくるのは、生まれてこのかた××など触ったこともない血統書つきお墨つき(どこがお墨を出すのかも大切なポイントです。そこにお配りしました参考資料に正確な等級づけがしてございます。これに不服不満があるかたはどうぞ退席なさいませ)正真正銘のセレブです。中衛は別名オルタナティヴとも呼び、不幸を好み情緒不安定で頭の悪い子供たちのすべてをあてがいます。将軍としましては私的感情はできるだけ慎むべきなのでございましょうけど、わたくしどうしてもここに来る子たちは好きになれません。独得の体臭がありまして本人たちも悩みに悩んで毎日のようにお風呂に入って口臭剤だのデオドラント剤だのアルコールだのクラックだのアイスだのあらゆる匂い消しを常用しているのですが、すればするほど下品になるばかりで、運悪くぷんぷん匂いのするタクシーに捕まってしまったからにはひっきりなしに煙草を吹かすくらいしか抵抗のしようがないのと同じ理由で、嫌匂権とやらを振り回したくもなりますわ。ほんとのところこの子たちの流れをどういうふうにつくるかが勝負の分かれ目になるのですが、わたくし自身がタッチすることはほとんどございません。
 ほんとにわたくしの愛する子たちときたら、分泌物も排泄物も腸内細菌もオーラもみんな馥郁うっとり蕾ほころびたばかりのかぐわしい花の香りがいたしまして、もういつなんどきどこでもかしこでも触れずにはおられません。ほんとにめちゃくちゃに可愛くて愛おしくて、抱き上げて頬ずりして毛を撫でてキスして舐めてねぶって掻いてやって・・・。
(オフ)
 減点2
(オン)
 ごめんなさい。つい我を忘れる性癖がございまして。
 次に、定石をいくつかお話ししておきましょう。後に述べます作戦との組合せで、それこそ砂利の一握まで含めたすべてのヒマラヤのピークほどございますから、ここですべての可能な戦闘形態について触れることはできません。ただいまわたくしの監修で大辞典を編纂中でして、第一巻と第三巻だけは既に出ております。ロビーで販売もしておりますから、どうぞご利用なさいませ。なお全十二巻を予約された方には、割引のうえわたくしのサイン入り素敵なプレゼントもございましてよ。
(オフ)
 減点31。
 ところで今やっと気づいたけど、持ち点または制限時間をあらかじめ決めておかんと何の意味もないんじゃないか。
 あらナンモナシっておっしゃったくせに。ルールはこれからお話しすることに含まれているのよ。たまたまこの風が吹いている間にしゃべったことについてだけ今回の約束にしましょうよ。
 う〜ん・・・。
 いくわよ。
(オン)
 みなさまもご存知のとおり、いちばん高い塔の猫の足元にある煉瓦色の鶏(本場ではピエルと呼ばれる)を瞬時に締めてはがし、前衛を走るいちばん早い猫の唄の行間に置くことが賭の発端です。鶏は圧力の法則に従って高いほうから低いほうへと伝導しますが、プラスとマイナスはここでも逆転していて、鶏が飛ぶためには、一番まえにいる子から後ろに向かって運動が受け渡されなければなりません。だから塔と前海との距離を測ること、その間のどれだけの級数を隔てるかが定石になります。禁じ手は、塔と前衛の一人とをまっすぐ結ぶこと、それとオルタナティヴを限りなくゼロに近くしてしまうことです。後者の場合、後衛が何人いるかどんな順列をしているかを問いません。このため、審判によっては、本人たちがオルタナティヴのつもりでいるのを後衛と判断し、オフサイドを取ることもございますから、注意したいものです。ただ実際問題として(常識でお考えになればすぐお分かりのとおり)そんなことは滅多にありません。
 フォーメーションの第一は、最初の禁じ手を左方向に一人だけ乱したものです。作戦の第一は、この乱れた一人が、他のオルタナティヴよりも速く前方に向かって走ることです。もちろんほかの兵隊は、列を崩さないように正確に同じ速度で前へ進まなければなりません。最初に一番前に出ていた子が海面に到達するのとほとんど同時に、乱れた一人の子がそこに到達します。到達と同時に引き剥がされた煉瓦色の鶏は新しく前に出た子の頭を打ち、倒れへこませます。その子が十分死んだことを確かめた後、海は干潮に向かって動き、ゲームが再開されます。この定石は最も単純で判りやすいものですが、それだけに敵にたやすく見破られ阻止される危険性が高いもので、近代戦においてはほとんど用いられません。ただし裏の裏を読んでも裏切りと罵られることのなくなったポスト近代戦の時代に入ってからは(倫理リンリと五月蝿い鈴虫じじいらは放っといて)、再び用いられる頻度も高くなりました。作戦にふさわしい、比較的賢く相対的に失くしても惜しくない素材が得られたときに、これを使う手はあります。成功したときにはとってもきれいですよ。
 もうひとつの最もシンプルな作戦は、この一かける一を90度くるっと回して展開する後の方の禁じ手を一人だけ前方に乱したフォーメーション(まだ通し番号はございませんが仮に最終番としておきます)から、その乱れた一人が走るものです。この場合、乱れるべき逸材は神に最も愛されるタイプを選ぶ必要がありますから、記録に残らぬ大昔はともかく、わたくしのこれまでの豊富な体験の中でも見たことのない全くありえないといってもいい作戦ですね。ミエミエ過ぎて余程の天災の塔と人知をあつめた乞食を選ばない限り成功はありえませんが、稀だということはすなわち敵の目をあざむく確率も高いということで、もしこれが成功した暁には、不死の霊峰まるごと呑込むほどの涙なみだの感動物語として、後々まで語り継がれることになるでしょう。もうそれを想像しただけで、ほらわたくしの瞳もうるんでうるんでほろほろほろほろろろ・・・。
(オフ)
 減点5。
 非道いじゃないの!これはほんものの戦争なのよ。お遊びじゃないのよ!
 だから手加減もしない。いやオフに持ち込んだのはさっきの判断もまだであったことだし。
 ほっといて!これあなたのチョンボ。失策を罰する手だてはないの?
 勿論ある。じゃんけんに似てニーチェの悪循環に似て至高の権力者なんてどこにもいないもの。
 じゃ審判交替。
(オン)
 ほ〜んとにごめんなさいね。戦闘中のゲームと全く同じ条件にしておりますもんで、検閲機能がうるさくってね。必要悪とでも申しましょうか。それがなければ、ゲームをすることも海を見ることも猫を飼わなければ生きていけないこともないのですものね。苦悩もない代わりに楽しみもないわね。極楽ごくらく。でも本音いって尻尾切り刻むようなSM大好きなわたくしにとっては、阿呆みたいに空虚な世界よ。ああこれは失言。
(オフ)
 承知のとおりの減点6735589703154982666458800136742531。
 それ素数?
 浮動小数点コプロセッサがございませんからね!
 ふん!
(オン)
 定石の第二は、フォーメーション第一から少し係数を変えてみたものです。一番目だつ子は囮になって敵の動きを撹乱し、その間に目だつ子に近い二人が本命になります。
 これを詳しくご説明するためには、まず敵がどういう体制と歴史と願望をもっているかを把握しておかなければなりません。たぶん賢明なみなさまにはとっくにお気づきのことと存じますが、ゲームは完璧な非対称を構造としておりまして、敵は水中に棲息する冷血の輩です。攻撃のときには水面に出てきて、海面上約33呎のあたりを踏み場にして音もなく移動します。動き方は縦横斜め自在で速度も可変ですが、なにぶん頭数が数え切れないほどなので、ちょうど流体力学の法則に従ってしか逃走できない宿命があります。向こうからわらわらと上陸してくるさまは、あたかも天が割れてすべての女神童神それぞれに比類なき美しき神々が顕現するかのようで、見慣れているはずのあたしですら息の止まる美しさですが、もちろんこれは幻で敵は邪悪きわまる腔腸生物ですから、ながく気を取られてはいけません。わたくしの兵隊がすべて猫だというのも、かれらがそうした女子供の鬼幻に一瞬たりと目を奪われることのない野蛮なとぎすまされた感性とやらを備えているからにほかなりません。
(オフ)
 誤ってエンドレステープに録音されていたため以下再生不能。もとに戻る。

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