2019年5月5日日曜日

笹身

 酔って帰ったときのうちのお茶漬けが最高に美味い。お父さんはちょっと堅めに炊いたご飯が好きなはずなのに、あんなにべちゃべちゃ姫飯の柔らかめがおいしいなんて女と一緒になって、これから一生、好きなものも食べられずに過ごすつもりなんだろうか。
 ぎゅっと絞ってさぱさぱするのが上品のしるしだと幼きみぎり、朝はいつもコーヒーカンタータで始まった。それから姉はチェンバロ僕はヴァイオリン。確執する家族などに用はないが敢えて飛び出すほどの対抗措置も阿呆らしい。目を瞑って聴くと五重奏うつくしくお気に入りのヴィオラに耳を澄ませると愛の弦楽器。このうえなく繊細で不実な微笑のようにくるくる交替して交代にその抗体を語るのでなく欲望そのものを後退し昏い幽い杳い山のアナアナと茶化す原理。
 皇太子きどりの父さん貯め込んでためこんで仮装ドルメンに刻みつけてきた軌跡はみなニセモノと判明。シテもワキもサシもあったものかはみな代役。鷲や鷹が無理だから木莵、このはずく、梟の類。恐龍いうにおよばず満足に蛇もいなくてイモリに蜥蜴。由緒正しき女郎蜘蛛の代わりに幾百万種のダニ。ドサ回り出稼ぎ出張中の蝙蝠には薮蚊、黄金虫には茶羽根ゴキブリといった具合い。
 角までくるともうリュミエールの香り漂っていて、我が家の新しい女主人の自己主張が知れた。あれって名前はきれいだけど要は白い花花くちなし隠花植物お化粧室の匂いなのよね。先妻に一番よく面差しの似た長女はまのあたりにした瞬間、鼻に皺よせて軽蔑をあらわにし以降、家に近寄ろうともしなかった。
 協奏曲ていねいに肉体を歪め隠し理想の循環にまで昇華させる。至高の俗界にむけ上昇しまた下降し力強くまた弱く。波のように小さくまた大きく寄せては返すゆかしい快楽。何度でもいっていいあのなつかしいモチーフ。
 陰陽学もヘルメス学もブードゥーの知恵すら無効な賎民には、呪いもまじないも屁でもない嫌味もききやしない。文殊もガブリエルも呆れてもの言えない昼過ぎのうわなり打ち伝説にてちびちび痛めつけるしかないか。風呂用に購入したアルコールだらけの日本酒が効く。近所の悪餓鬼スパイに仕立てて七夕が決行の日。庶子が学校から持ち帰る笹の葉いちまいにとびっきり贅沢な毒を塗っておく。
 前後の盛り上げがないと小さな死も大きな死も死として感知されない。もっともっと念入りに仕上げられ思索的な火葬が待っている。急に入って上昇運動が本命。上がる揚がるもっと高く。そして木管の宇宙は頭蓋骨の天辺あたりに豪奢な穴が開いている。

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