死ねと云いおめおめと生きよと言い
記憶が私をくるしめる
地下鉄の中でなぜふいにしびれて冷たく戦くのかマッチのあたまのように瞬時明晰に燃えてあなたのくたびれかけた皮膚の下にゆたかな水脈を聴いた指先
ひとりの夜の枕になぜありありとよみがえるのか脳幹までふかぶかと吸い込んだあなたのゆっくりとした代謝の匂い
こんなにもなまなましいのに
それがあたしに生きることを許してくれていたのだからそれがもはや記憶というかたちでしか与えられない以上
ちかづくことをゆるしてくれたつつまれて思いきり呼吸することさえ許してくれた夏の汗の匂いとか微香性のコロンとか特殊な腺の匂いとかそのどれでもないほかでもないあなただけに固有の甘い酸っぱいあたしを酔わせる発酵性の匂いそれが届く範囲にひとがちかづくことさえ嫉妬した
においをうけとるのにちょうどいい距離があったいつもゆるされるその間隔がすきだった
あたしはあなたの眼なんか見ちゃあいないの生きていてもいいですか? あたしの指があなたの胸のちかくの血管にくりかえしくりかえし問いただすとあなたの指先はだまって教えてくれたいいよとてもいいよ生きていてもいいんだよ幾度もいくども応えてくれた
だからあなたの忘れっぽさ無関心の沈黙は
あたしを文字どおり黙殺する
とても敏感な指先が知ってしまった
記憶力のよい脳幹近くの粘膜がきまぐれに再現する感覚憶が
あなたの不在をいやおうなくさせるいま
死ねと言いおめおめと
生きよと云い
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