2019年6月17日月曜日

デモ隊

その街の旧市街はどの建物も暗い赤紫色の石造りである。立派な建物は立派な石でできた立派な建物で、普通のアパートも同じ種類の石のちょっと安普請な建物で、現代的なショッピングビルなどでさえ外装だけは新しい看板だの電光掲示板だのいろいろごてごて飾り付けてあってもひと皮ひんむいた建物じたいはやっぱり赤紫の石造りなのだ。自然の川だか運河だかに沿って道はゆるやかに曲がり街全体では不定形な網の目状になっていて、たとえば西を指して歩いていたはずがいつのまにか北に向かって歩いているので油断できない。すぐ迷ってしまう。迷いながら歩いていたつもりがまたもや街の真ん中に出て来てしまった日曜日の朝。この地の日曜とあって薬局と一部のパン屋以外の商店はすべて閉まっている。しかたないしのんびり過ごそうと広場のベンチに腰をおろすとあたりに警察官がちらほら見え始め、昔ながらの大きいウォーキートーキーで通信しながらそのあたりを警戒するようす。何事ならんとおもっているとそのうち広場の向こうの道の奥になにやら喧噪が沸き立つように聞こえたかと思ったら最前列に赤っぽい旗が横列にいくつも翻っているの見え初め、それはすぐにデモ隊であることがわかる。デモ隊はシュプレヒコールを叫びつつそれでも全体的にはしずしずと広場に進んでやってくる。遠目には整然と見えたが近づくとそれぞれバラバラで思い思いのプラカードを掲げてその主張するところはさまざまでいろいろ要求はあるらしいのだが反政府デモというところでは一致しているらしい。デモ隊の傍にはあたかも護衛するかのように警官たちがつき一緒にしずしずと行進している。最前列付近は壮年の男たち青年の男たちが固めているのだが、その後ろあたりになってくると老人夫婦とか子ども連れとか普通の市民たちが普通に参加していてある列などは乳母車に幼児を乗せたお母さんたちがかたまって歩いていて、また別の列ではギターを抱えた若者たちが車のうえに集い昔懐かしフォークソング様の歌を歌っていたりで、デモ隊とはいえみなさん楽しげに参加していて、主張するところも労働問題であったり経済問題であったり原発問題であったりなじみのあるところばっかりなので、おっちょこちょいの外国人としても共感を表明する程度のささやかな参加でもできるかなと思われて、例によって頭で妄想しつつ現実に客観的にはニコニコ好意的に眺めていた。そこへ現地の初老の男が赤ら顔で登場して私の傍に立つ。デモ隊を指差しながら私に向かって何やらいろいろわめいている。このくにの言葉は少しは理解できるつもりなのだが男のしゃべる言葉は、このくにのなかでもこの地の訛が激しく入っているせいかまったく理解できない。のだが身振り手振り言葉の調子からデモ隊を激しく罵っていることはわかる。「非国民」みたいなことを言ってるのだろうか?と思っているとその指差す指がいきなり私に向けられ「おまえも移民だろう。ここでなにをしている!」とそこだけが意味を持った言葉として耳に突き刺さってきた。訛があろうとそこだけははっきり解った。私はたんなる旅行者で移民ではないのだが、そこで「私は移民ではない」と言うのもなにか間違っていると思い、とはいってもこの国粋主義者?に反論するほどの言語力はないのでただ不快な顔を示してその場を離れることにする。なんとなくデモ隊と一緒にしかし歩を同じうするのでなくぶらぶら歩いてその先にあるベンチにまた腰をおろした。それにしてもこの長いデモ隊はどこまで続くのか。この旧市街に住んでいる人たちぐらいは全戸参加してるんじゃないかと思うぐらい長々と続いたデモ隊のしっぽが見えかけたかと思ったらつむじ風がビラを捲き揚げるのが見えその風に乗ってくるかのように広東語のngoに似た音が低く低く地面を這いながら。

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