2019年11月14日木曜日

瀧のように落ちる

夜をついで
夜をぬって
夜をぬけて
逃げ落ちていく
無名の黒いタクシーに乗って 無貌の運転手の無言に身をゆだね

ふたり 息をつめて
それぞれの ふところにひみつを いだき
こころもとなく たがいの ひみつを まさぐりあって
なぜ わりなく ふりかえることなく
みつめあうことなく
それぞれの 虚空を 瞠り(みはり)

ネオンの街から くらい街灯のともる細い道にはいり
くねくね 坂をのぼったり おりたり
道沿いに 無音の木の家の 無関心な視線を意識し おびえながら
いくつもの 古い街街をついで にげのびていく

中世の街の広場まで来たところで 水を汲みにいった運転手におきざりにされ
鉄の車体に夜の冷気からさえぎられ護られ ふとあいまの時刻をかぞえながら
静寂(しじま)にくりかえされるエンジン音に耳をすませる

広場の中心に据えられた インスタレーション
「ヴェルナー・ヘルツォーク氏のアンギラス」
怪獣の着ぐるみから すがたをのぞかせる俳優の顔かたち からだつきから それが
クラウス・キンスキー氏演じるものであることが知れる
昼間はここで 生徒らが弁当をひろげ
おのおの 制作に 精を出すのであろう
白い布のしたに それぞれのポーズを刻印して

ダストシュートをつかって一気に堕ちれば
敵をあざむくことができようと
先師 ともども 説得しようとするのだが
かのじょが 肯んじない
怖いから というより 死ぬかもしれない その蓋然性のゆえに
ねむりにおちたまま その夢のままに めざめることがない なんていや
と 彼女は ことばは合理的に 態度は おさなごのように
頑なに その術を採るのを いやがるのである
仕方がない。 いいでしょう
そのまま 車で降りましょう 立体駐車場の外郭をつたって
下の スクランブル交差点まで おりれば
はるか 西に みわたせるでしょう 入り陽が
そこで 待ち構えて いましょう 味方が

あなたがたの味方が 敵が
いつのまに できたのか
ふたり あやうさに ためいきして
てわたされた 武器をためつすがめつ 一眼のキャメラである
これでshoot せよというのだ
操作すら知らぬのに

てきせつな言葉が捜せなくなったのなら さっさとそこで全面降伏すべきなのだ
わかっていながら だれも口にしない
わずかに 未来に のぞみをつなぎ 破滅のときを 一縷あと一縷と わずかずつ先延ばしにしていく

そこをなんとか きりぬけ
ふたたび 黒いタクシーと落ち合って
夜を 徹して おちのびていく

西へ
北へ
また西へ
西へ
赤黒い 火山の火が ともる地へ
灰色の地を割いて 白い沫をたてながら 巨大な瀑布が おちる地へ
瀧の ながれおちる 表面の透明を ゆっくり斜め上から下へとクレーンにのって移動するキャメラに捉え
せめかかる 光の弾々に
ふたり ふたたび せつなさに
身をよせあう

瀧のように落ちかかる彼女の 肩

0 件のコメント:

コメントを投稿