2019年7月30日火曜日

ひとりで死ぬな

確かに衝撃、だった。
そこには俺たちの知らなかった篤彦の生い立ち、家庭環境、家庭の事情、そして篤彦の経験しなければならなかった余りにも苛酷なできごとのかずかず・・がこと細かに書かれていた。
凄まじいDV。肉体的にも精神的にも。
子どもの頃から、父親からも母親からも、それどころか祖母や祖父らからも、殴られ蹴られ責め立てられ、ロクな世話をされずに生きてきている。
ことにキツいのは母親で・・
篤彦の実父を追い出して別の男とくっつき、この男もまた篤彦を虐待し、その後はその男もまた捨てて若い男と駆け落ちし、篤彦の貯金に手をつけて家を出る。その後も金が必要になれば篤彦を呼び出しては、母子の情を質にとって、必要な金を巻き上げその都度裏切り去っていく。
篤彦はこの両親の借金の一部を背負う羽目にもなっているらしい。

ブログには、詳細に覚えているらしい子ども時代の、酷い仕打ちを受けた場面の一齣一齣が克明に記述され、
自分を苛んだ家族や周囲の人びとへの感情が記述され、
現在の自分の状況もリアルタイムで記される。どうやら精神科医にかかっているらしいこともわかった。

篤彦が、いつもおどおどした目をしていたことを思い出した。
いざとなると喧嘩は異様に強かった。何度か目撃したが、あんなに喧嘩慣れしたスマートな闘い方をする奴は初めて見た。まず相手の攻撃を封じ込め急所を突いて戦意を喪失させる。そして自分も相手もあまりダメージを受けない先にうまく終結させる。
それでいて、普段は臆病者を装った。トラブルには巻き込まれないように、おおきな身をいつもちいさく縮めてひっそりと、俺たち二人に隠れるように生きていた。
金魚の糞は・・隠れ蓑だったか。

ブログにはいつもコメントを寄せる常連たちがいて、篤彦を励ましていた。
一方で口汚く罵っていくコメントもあって、そういうのはすぐに削除され、ブロックするのかしばらくは消えるが、また現れる。同一人物かどうかはわからない。たぶん複数。
そういう奴らがどこやらの匿名掲示板で篤彦を名指しで誹謗中傷しているらしいこともわかった。
気になるのは、篤彦がいちいち傷ついていることだ。
自分は社会に迷惑をかけるばっかりのクズなんだからひとりで死ぬ。
自分が死ねばみな満足なんだろう。
みたいな書き込みがあっては、好意のコメントを書く読者らに心配をかけ、しばらく落ち着いてはまた「ひとりで死ぬ」が始まる。

俺はブログの最初の最初から読んで、何度も読んだ。
涙が溢れて溢れて・・たまらなかった。
篤彦、なんでこのこと俺たちに言わなかった?
なんで俺たちに助けを求めなかった?
なぜ?

マルは「失敗」したらしい。
他の読者らに混じってブログに励ましのコメントを送り続けていた。
なじんだ頃にメッセージを送り、自分の正体を明かして「一度会いませんか?」と申し出た。すると
なんとブロックされてしまい、コメントもメッセージもできなくなってしまったらしい。
「篤彦、あたしたちには知られたくなかったんだ」
「高校時代、そんなことおくびにも出さなかったでしょ」
「あたしたちだけには知られたくなかったんだ」
「・・それなのに。あたしったら・・なんて無神経なことを」
「余計に篤彦を傷つけることをしちゃったよ・・」
マルはそう言って、また泣いた。
雅之と俺とは顔を見合わせ・・どうしていいかわからなかった。
「どうする?」
「どうするって・・」
「ひとりで死なせるわけにはいかないよなぁ・・」

「そうよ」
「ひとりで死なせちゃだめよ」
それが、とりあえずの結論。

2019年7月26日金曜日

医の善意を疑え

 先般のエントリーは医学的ロゴスがしっかりした倫理で縛られており個々の医師の動機が善意・誠意で支えられていることを最低限の条件として語ったものだけど、もちろん世の中には悪徳医師も欲得医師もいるしそれ以前に医の世界であっても資本主義の論理、金儲けの動機から自由でいられるわけがないのであって・・それはまた別の話。
 もういまさら言っても詮無いことかもしれないが、ひところのピンクリボン運動に当の当事者らに(t...も含めて)冷淡な者が多かったのもその事情。「癌は早期発見・早期治療が大切」とか「乳癌を早期発見するためにマンモグラフィー検診を」とか、100%間違っているとは言えないもののかなりの程度で怪しい(どれくらいの程度正しくてどれくらい怪しいかは諸説あるので決めつけずにおくけど)言説を100%正しいかのように言いたててキャンペーン張るのは、これはどう考えてもマンモグラフィというかなり高価な機械をどんどん売るための宣伝戦略としか見えなかった。ちなみに受けたことない人は知らないだろうけど、あれが平気だという人ももちろんいるだろうけど、あんな心身ともに苦痛を強いる検査はもう二度とまっぴらごめんだねという人も多いはず。世の中にはもっと楽な検査(エコーとか)もお安い検査(エコーとか)もタダの検査(自分で触る)だってあることをもっと周知させたほうがいいんじゃないの。さらにマンモはこれまでは見落とされてきたステージ1未満の癌のタネも見つけてしまい、そんなもん当面放っておいても問題ないかもしれないのに、見つかってしまった以上放っておくというわけにもいかないということで治療の機会が増えてしまう(=医師のお仕事が増える)ことにもなるのではないか。このあたり善意と誠意の医師からは猛反論ありそうな気もするが・・。
 あと、新薬が開発されてから(そのお薬が効く)新しい病気が発見されるというのもよく知られた話で、新しい病気は言い過ぎであっても、これまで放っておかれてたようなちょっとした不具合がいきなり病気としてクローズアップ(ちなみにクロースアップが正しい発音)されて、治療せずにはおかれないような気にさせられてしまう。もちろん新薬をどんどん売るための宣伝キャンペーンなわけです。その病気を放置することによるデメリットと、新薬の副作用などのデメリットの軽重を比較するなんてことは決して勧められず、その病気を退治することが国民的一大事であるようなキャンペーンが張られる・・。(具体的に何のことを言ってるかおわかりだろうか・・)。

2019年7月25日木曜日

医学的ロゴスに抵抗する(承前)

先日見たカナダ映画。主人公はMtFをめざして加療中の少女。つまり男の体をもって生まれたものの心は女で、体も女になるべく治療中。物語の前半は頑張り屋さんの主人公が生き甲斐とするバレエに打ち込みさまざまな困難にぶちあたりつつも前向きな方向で終わるんだろうなと思わせる展開。ところが後半になるにつれ雲行きが怪しくなり遂に訪れたカタストロフでヒロインは思わぬ選択を果たす。たぶん普通の観客が見れば、あああ自暴自棄になっちゃって衝動的に飛んでもないことやらかしちゃったな・・と思いかねない行為に走る。ところが、わたしが見るに、これは、はっきり明晰な意識のもとに選びとられた彼女の選択なのだ。彼女に「(彼女にとっての)最善の道」を示唆し提案する医学的ロゴスに対するみごとな反抗。鮮やかな逸脱であり、飛翔である。一見非合理このうえなく野蛮そのものの行為であるけれど・・。(でも現実には良い子は真似しちゃダメよ。)
       
informed consentの考えかたと実践はまぁ行き渡って久しいと思う。のっけから「ぜんぶ先生(主治医)にお任せします。私たち(患者とその家族)はなんでも先生の言う通りにしますので・・」とやって、その場で患者本人に怒られた(ついでに医師にも諭された)t...の母みたいな人はいまでは少ないだろう。(それでもいまだに現人神みたいに振る舞う医師とかそれに盲目的に従う患者の話は聞かんでもないけど)。しかし患者のことを全人的に思い遣ることのできる完璧に良心的な医師がそれをやるのでさえ、consentの場は医学的ロゴスの支配する場である。ロゴスに習熟し十分な経験と知見のもとにおこなわれる医師の示唆と提案のまえに、患者ができる選択といえば、せいぜい自分のニーズのどこを優先させたいかという程度のことで、実際には治療の主導権とか決定権とかを本当の意味で患者本人が握るのは難しい。
だからといって医学的ロゴスの支配に一方的に服(まつろ)うばかりではイケナイのである。それが正しければ正しいほど・・あらゆる数値や確率やエヴィデンスでもってその合理性を堅牢にすればするほど・・。
ことに精神の病に苦しむ人を見ていれば如実にわかる。医学的ロゴスは人間の身体を管理しやすいもの困った問題を起こしにくいものに改変し収束させていく。「その方が患者本人も生き易いでしょ辛くないでしょ」という善意のもとに。ところが人間の生身の体は入ってくる異物(薬剤)に物言わず抵抗する。いわゆる耐性ができて医学的ロゴスが要求する平衡状態を保つためにだんだん薬剤量は増えていく。結果「薬漬け」という状態ができてしまう。精神の病にかぎらず、普通の人でも生活のあらゆる側面で(ちょっと眠れないとか気分がすぐれないとかちょっと便秘気味とか風邪気味とかいうだけで)薬によるコントロールが習慣化されている米国のような国では、薬漬けの平衡状態を保ってる人が多いんだろうなぁと推測する。いったん薬漬け平衡ができてしまうとその平衡を保つためには薬の量は増えるばかりなのであって、そこから脱却するには、あるときそれこそ英雄的な決心をして、体に理不尽な苦痛を強いることになろうとも減薬だの断薬だのをすることが必要になるのだろう。それは、はっきり医師以上の専門知識で武装して医師に対峙しようというN...(ちなみにアメリカ在住・日米ハーフのアメリカ人)のような姿勢がもっとも望ましいかもしれないけど、本当の意味でここから脱けようとするなら、一見非合理で野蛮な逸脱こそが必要なのかもしれない。
だからといって怪しい代替療法の数々を勧めているわけではないよ。あんなの善意の医師とはまさしく対蹠的な金儲けだけが目的の詐欺商法だからね。そんなのに頼るなんて愚の骨頂ですから・・念の為。
t...に関していえば、キモセラピストの看板掲げている主治医に、彼が前任者に代わって主治医になった瞬間から「私は抗癌剤は嫌だからね。あれだけはぜったいやらないから」(ドラッグか・・。てドラッグなんだけど)とろくな理由も言わずに連呼し(理由は一応あったんだけどこのさい理由は問題ではないと思う)実際にその選択を迫られた場面にあってさえ「んんん・・こういう場合の標準治療はコレなんだけどなぁ・・」とか気弱げに選択肢は示してくれたうえで患者本人の決定を尊重してくれました。
という話を手柄話のように語るとそれはあなたがラッキーだっただけでそれしか選択肢のない厳しいケースだってあるんだからと言われそうな気もするが、とにかくもt...に関していえば抗癌剤なしで初発を生き延び思いがけぬ(生存率がぐっと下がる)再発もやっぱり別の療法で生き延びなんとか10年以上寛解状態がつづいておりますのでどうぞご心配なく。(だれも心配してない?)
           
ところでスマートハウスの一つのアイデアとして(もう実現されているのかもしれないが)、住人がトイレに入ったりお風呂に入ったり睡眠や食事や休息時や活動時やあらゆるときの住人の身体状態を数値でモニタリングしておき、なにか異変があればなんらかの提言をしたり緊急時には救急車を差し向けたりというのがあるらしいけど、それってそれこそ医学的ロゴスによる住人の監視と管理だよね。それってユートピアですか?ディストピアですか? そのおかげで独居老人の孤独死が減るだろうとか語られるけど、既に独居老人であるわたしはぜったい嫌だな。それくらいなら(たまたま誕生日がおなじの)永井荷風のように死にたいと思う。あとには多大な迷惑をかけるだろうけどそれも頑固かつやたらプライドの高い老人の命を賭けた抵抗を表明する野蛮このうえない所業の痕跡・残骸としてご甘受いただくしかあるめえ。(・・てなにイキってんだ? BGV 伊藤大輔『忠次旅日記』のラストが流れていると思いねえ・・)

2019年7月24日水曜日

医学的ロゴスに抵抗する

t... wrote:
こんにちは、t...です。
○○のこと、お約束しておいてずっと放ってあってすみません。
実はあれからすぐ、乳癌の再発が見つかるということがあって、ちょっと心身ともにばたばたしてました。

N... wrote:
うーん、大変ですね。今のところ命に関わる場所ではないとはいえ、不安だと思います。t...さんのことだから、周囲にサポートしてくれる人がいるとは思いますが、そういう時にどうやってサポートするかなんてことも、あらかじめ話し合っておくなんてことも重要かもしれないですね。 
私の年代(先週28歳になりました)だと、まだ周囲にそういう話はないわけですが、ちょっと先になるとありそうなので。

t... wrote:
それにしても、医学的ロゴスのもとに自分の身体を管理されるってのは嫌なもんですね!

N... wrote:
そうそう。
私は、自分の体が十分に××ホルモンを分泌しないから十代の頃からホルモン剤を体に「入れさせられて」きたんですけど、医療に自分の体が曝されるのが嫌で約2年前にホルモン摂取を止めてしまったんですね。 
今のところ大丈夫ですけど、このまま放置していればいずれ必ず「△△症」になるのが分かっているのに、endocrinologistには行きたくないし、ホルモンを摂りたくはない。 
もちろんそれじゃ自分自身が後で苦労するのが分かっているので、ホルモンに代わる薬剤を自分でいろいろ調べて、自分が専門医以上の知識を身に付けた上で医者に行くつもりです。
どんな薬剤を選んでも(ホルモン剤を含めて)、長期的使用による副作用の調査なんて行われていないわけですから、ギャンブルみたいなものだと思いますが。

・・・(後略。あとは用件)

2019年7月23日火曜日

雅之は嘘をつく

雅之が女になろうとしているなんてもちろん嘘だ。
肩幅が狭くて小柄で、茶色っぽい(染めているのかどうかは知らない)ゆるやかにウェーブのかかった髪を長く伸ばしている。
女物のシャツやブラウスやワンピやスカートを好んで身にまとい、それがサマになっている。
だから、背後から女性に間違えられることなんてしょっちゅうある。
前から見ても、顔の輪郭はわりといかつくて鷲鼻気味の鼻にすこし難はあるけど、あどけない二重まぶたの目で大きなヘーゼルにちかい色の瞳をしていて、女の子とみえても不思議ではないアイドル顔である。
コーカサス系とのハーフとも見てみえなくもない見てくれで、知らない人にそう聞かれると「ロシア人の血が1/4混じってるんです」とか嬉しそうに大嘘つくのが常である。
でも、中身はれっきとした男の子。女物を(ファッションで)着るのと女装するのとは大違い。雅之には女装趣味はないし、性自認もはっきり男の子だ。
私が、自分が性別を選び直した経緯を話した小さな講演会で、雅之はなぜかその会場にいて、私を憧れの目で眺めていた。私は、性別をもとの戸籍の男から女に変えた。好きなのは女性で(その当時つきあってたカノジョもいたし)、だからMtFレズビアンというわけね。どうやら雅之は、そういうなんだか「とくべつな」性のありかたに憧れを抱いたらしい。
自堕落にも売春をしてるんじゃないかと、雅之の友人はマジで心配していたけれど、それも嘘ではないかと思う。嘘というよりフィクションね。そういう、現実の自分がぜったいできない冒険を、嘘物語のなかでしているだけ。
そんな大きな嘘だけでなく、こまかい嘘もしょっちゅうつく。
「今日なにしてたの?」
「だれと会ってたの?」
みたいな質問にたいして、実際に自分がそういうふうに実施した事実を話すのではなく、そういうふうにしておく嘘のおはなしを語る。いや、騙る。時と場と相手に応じて。事実はそうではないけどそうしておこう、みたいな感じ?
知ったかぶりもはげしくて、
「〇〇、知ってる?」
みたいな質問にたいして、実際に知ってるかどうかよりも「知ってることにしておくのか、知らないことにしておくのか」の方が重要らしく、しばし考えた末に、前者ならば「知ってる」と答え、後者ならば「知らない」と答える。
知らないかぶりもあって・・
重々知り尽くしていることを、まったく知らないふりして、素っとぼけて質問して、相手に語らせる。
で、聞いて初めて知ったふりして
「へ〜」
とか、感心したふりをしている。
こういうのは虚言癖というのかな?
ちょっと違うような気もする。
雅之なりのコミュニケーションの流儀?
嘘はつくけど、そのことで人を騙したり、窮地に追いやったり、自分に都合の良い状況をつくったりして、自己の利益を謀るわけではない。
他者にたいして悪意ある嘘ではなく、自分のことをこういうふうにしておきたいみたいな嘘? そういうふうにみせておこう、みたいな?
見栄っ張り?
事実とはちと異なるちいさな虚構の世界をつくりあげて、そのなかで生きている。
だから、それが嘘だとばれても、たいして悪びれるわけでもない。
罪のない嘘なので、嘘だとわかった周囲も、べつにそれを追及したりせず、嘘は嘘のままでおいといてやる。「そんなの嘘でしょ!」とか「嘘つき!」とか怒るひとは滅多にいない。
あきらかに(みんなが見抜く)嘘なのに、それが嘘だとわからないひともいるけどね。
正直に生きている人、というか嘘をつく習慣のないひとには、見抜けないのかもしれない。
というか、どうでもいいのかもしれない。
私のような同類には、雅之の嘘はかんたんに見抜けるけどね。
だって私もおんなじことしてるもん・・。
嘘は習慣性だという。でも、それってイケナイことなのかな?
嘘は方便とか、そういう話ではないのだよ。

2019年7月17日水曜日

マルという女

篤彦の最期を語らなければならない。
その前に・・マルという女のこと。
俺たちとマルは同じ高校の同窓生にあたる。俺たちが3年生のとき、新1年生として入学してきた。
元は男子校だったのが共学校になって、とりわけ優秀な女子生徒たちを確保することに成功したらしい。
共学になってからの男女の学力差が大きすぎて困っているともあとで聞いた。
なかでも優秀な新1年生の女子がいて、ひさびさに東大現役合格生が出そうだと、職員室全員色めき立っている。そういう噂が生徒の方まで聞こえてきた。教師らも嬉しそうに語っていたしな。
ところが、入学当初からその抜きん出た学力でたちまち学校中に名を馳せたその新1年生女子。夏休みの始まる前に、今度は別の方面で話題を攫(さら)っていった。
こちらはよろしくない噂で。
いやその噂、火のないところに立った煙などではまったくなく、まるっきりの事実であったこと。俺も雅之もちゃんと実体験させていただいたのだけど・・。
公衆便所
って大昔からある身も蓋もない言い草だよな。それにあまりにマッチョで俺は嫌いだけど、言い得て妙とも言えるからどうしようもない。
超優秀な新1年生を持ち上げるのに懸命だった教師らは、今度は一斉に渋い顔になり、何とか噂を揉み消そうと必死になった。けど、事実は事実であることを多くの男子生徒らが実体験してしまったんだから、しょーがない。
それに、揉み消しようにも揉み消しようのないことを、当の1年生女子が始めてしまったのだ。
彼女は、1学期の中途あたりから、昼休みや放課後に校庭や校内の共通スペースでパフォーマンスをやリ始めたのだ。そして、こちらの活動もたちまちのうちに学校中を席巻した。
本人曰く、中学生の頃からピン芸としてよくやってたという。
ちびまる子ちゃんの主題歌を替え歌にして、ピーヒャラピーヒャラ・・踊るポンポコリン・・と踊りをつけながら、学校内外の時事評論を面白おかしく歌ってみせるのである。
歌詞も巧みならば、歌声も美声ではないがすごい迫力があって、生徒らみんなの目を瞠(みは)らせた。
自虐ネタも多くて、自分の尻軽さを自分で嗤うだけでなく、教師からどんだけ説教を受けたかも抜かりなくネタにした。教師らは、ほかのことでも順繰りにサカナにされるので、渋い顔顔がますます苦虫になったけどな・・。
そこで彼女についたあだ名が「マル子」というわけ。
小さい体で色が白くまるまる太っていて、白いゴム鞠(まり)みたいだったこともあり、いつしか小さく約(つづ)まって「マル」という名に落ち着いた。
そういうわけで、あらゆる方面で学校中の注目を集めたマルだったが、当然というか同性の親しい友達はできなかったようで、またファンは大勢いたけど適切な意味でのボーイフレンドも友人もいなかったようで、なぜだか夏休み以降は、俺と雅之と篤彦の三人と行動を共にすることが多くなっていた。
篤彦は、どうやらマルに手を出さなかった男子生徒の一人だったようだ。
俺たちには知る由もなかったが、マルに説教垂れたりもしていたらしい。
同じような説教を教師らにされても洟もひっかけなかったマルは、篤彦の言うことにだけは神妙におとなしく耳を傾けていたらしい。それはそれは、俺たちには不思議だったけど・・。
つまり、力関係はこうだ。マルは俺と雅之の上に君臨する。俺は雅之を支配し、篤彦は雅之にくっつく金魚の糞。そしてマルは、この三人組の中でいちばん弱い篤彦に、頭が上がらなかったというわけ。篤彦はどちらかといえばマルを迷惑がっていたようでもあったけど。
ね、安定してるでしょ?
そんなわけで、俺たちの最終学年の2学期と3学期は、変な女のマルも入れて3人組+1匹(マルはおかしな獣みたいに俺たちに尾いてきていた)で楽しく過ごした。
でも、卒業してからはバラバラになってしまった。俺は普通の私学の文系大学、雅之は美術系の短大、篤彦は大学に行かず専門学校という選択をしたもんで。
しかも、相変わらず近所に住んでいて家同士(特に母親同士)仲の良い雅之と俺とはそれなりに付き合いは続いたが、篤彦は卒業後誰にも何も言わずどこかに引っ越してしまったらしく、連絡がつかなくなってしまった。
    *
それから2年、マルが最終学年になった頃。
本人曰く、校内では随分おとなしくなって教師らをホッとさせている。その代わり校外に活躍の場を求めていると。さる場所で知り合った年上の男たち数名とバンドを組んでいるのだと。
ある日、そのバンドの初ライブの知らせを受け取り、俺と雅之と二人、いそいそとライブハウスに駆けつけた。
またちびまる子ちゃんの替え歌でもやるのかと思っていたら、そのときは見違えるほど大人っぽくキラキラに化粧して真っ黒のコスチュームをまとったマルは、歌詞があるのかないのかわからない意味不明のコトバを、これまたわけのわからない電子音とちょっと変なビートに乗せて、がなり立てていた。
つまりは、全体としては意味不明の狂騒的な雑音に近い音のパフォーマンス。何が何だかわからなかったが、でもまあ、ともかく、カッコいいことはカッコよかったな。
で、その時のこと。
ライブが終わってからも打ち上げがあるというので図々しくも居座った俺たちを見つけると、マルは開口一番、
「篤彦はどうしたのよ?」と、絡むように言う。
「篤彦よ、なんで篤彦を連れてこなかったのよ?」
俺たちよりも篤彦に会いたかったわけね。
「えーと・・あの、だって、篤彦引っ越したらしくって、所在不明なんだ」
と事実を述べると、
「あんたら、篤彦がどうしてるか知ってるの?」
と、ふたたび絡むように言う。
「いや・・知らないけど・・」
「マルは知ってるの?」と雅之。
「あたしも知らない。でも知ってる。・・知ってるのは、篤彦が書いてるブログだけ」
「ブログ? へえ・・篤彦がブログ書いてんの?」
「そんなことするタイプだとは思わなかったけどな」と雅之。
「篤彦、まずいよ。あれ、決定的にまずい」とマル。
「へええ・・なんで?」
「読んでみるとわかる」
「へえええ・・」
そう言われたって、その時点ではなにがどうなんだか、サッパリわからない。
「あんたら、篤彦のこと、放っといちゃダメよ! ちゃんと見張ってやってよ」
「見張るったって・・居場所もわかんないんだよ?」
「そーゆーマルは、何もしないわけ?」と雅之。(ただしいツッコミである)。
「やれるんならとっくにやってるよ。あたしだって、あたしだって、あたしだって、何にもできないんだから困ってんじゃん・・」
そう言い終わると、一息、息を吸いこんでから、マルは大声で泣きはじめた。
吠えるような泣き声で、傷ついたおおきな獣のように泣いた。
泣いて泣いて泣いて・・いつまでも泣き止まなかった。
店の人も、その席にいたほかの人たちも、びっくりしてしまって、なんとかマルをなだめようとしたが、無駄だった。
長く長く長く・・続くマルの泣き声は、ライブのパフォーマンスそのものよりも、ずっとずっとずっと俺たちの記憶に残ったよ。
酔ってたうえに、なんだかイケナイお薬とかもやっていたのかな?
ふだんからハイテンションなマルが、それに輪をかけてハイテンションだったから、すぐわかったけど・・。

2019年7月14日日曜日

イカレポンチ

よそゆきしたくできましたか?
寒波情報ゾクゾクながし
パープルのルージュ佳くおうつりになる
嘘の香水ふりまき
こん 紺 紺 紺 ゆきがふる らん 藍 藍 藍 あめがふる
17ビートでよろり よろし あなよろし

こんなクレヴァスに突っ込むのも亦
快感!

はざまに伸ばせば
目蓋の裏にクッキリ蒼い廃墟を映す目眩のレディに
触れることもあります
ふれ ふれ ふれたい 衝動 やみがたく
もう やみ 闇の中ならこんなにまざまざと
かの楼のシルエットを見ることができる
のに
かの夜
いまはぼんやりのっぺり薄い天井しか見えぬその日
依るべなく
ねじりおとす 捻 地下鉄に降りる階段へ

通路 通 際限なく だだぼれに開きつづけて 開 開 開 開 館!
正気も失せたヒトの腐臭 コリント式に崩折れた カフェ・ジャポネスク
天蓋に貼りつく行列蟻 蟻 蟻 ありく ありく ありく たび
ひねり潰す
いかれぽんちの脳髄を
つぷ つぷ
つぷ
ぽつんと
この
血の球は
現実。