2019年8月20日火曜日

救命艇

あそこに見えるのは ほら
死刑囚のからだが拘置所から斎場までを辿った
うねくね延びて縺れてつながるたったひと筋の線です。

線は本質的に抽象だから視線に とらえられることはない。だけど

線は分割され
わかたれ壊されカチ割られ毀(こぼ)たれて
惜別する遊離片を撒き散らしながら
なめらかな海岸線となってゆきて延びてゆきます。
どこへ?
ふたたび ここへ

なつかしい死びとたちよ こんにちは
あの視線をさまよっていたころからもう10年になるのに
わたくしはまだここにいます。

ここは鬼の住み処だと出てったあなたの
仰々しい預言はあたらず
洪水はついにやってこなかった。

かわりにわたくしのアルミサッシを揺らしたものは
こちら側からではなく
まったく逆の方向から伝波してきた。
だから
怖れつつそれでもひそかに待ち望んできた
救命艇は来たらず
かわりにひとしずくの水を入れたお椀の舟が
これより出でた。
つねは出ません。あの晩かぎり

擂鉢の
ふちに獅噛みついた人たちの
なんと恐ろしかったことだろう。
中途に脚を絡めとられた人たちの
なんと哀しかったことだろう。
まん中に呑みこまれた人たちの・・・
・・・
・・・
・・・をどれほどかさねても悼みつくせぬ
惜しみつくせぬ
かたりつくせぬ
本質的に見えない点が無数にあります。

そこまで運ぶ長いボートはつくれない。だから
ここより出立してウラジオストクへと伸ばす回路が

はからずも次のわたくしを生まれさせてしまったのです。こんなふうに赤面しながら
媚薬入りの汗と紫の瓶に入った香水とがまじりあった匂いをかぎながら
必要なクスリを飲みながら
吃りながら
こんなふうに
ものごとが決まりきったプロトコルを択びつつ陳腐に終わってまた始まるのも
仮想界が 気の狂うくらい嫉妬しても
怨んでも
怯えても
現実というものはまるで仮想を無視しているからなのか。
眼下の中洲にはふかく埋めたはずのミニーマウスがあたまを覆った泥をかきわけてまた発掘され
わたくしを脅かしつつ
わたくしのなかのこどもの気をまた踊らせる。
13階の視線
13階の支線
無数の死点たちを忘却する罪にまたはじまって

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