2025年3月9日日曜日

だいごみ

たいせつなひとから

たいせつにされていないのをおもいしる

それが この 恋の だいごみである


いつもそうだよね

なにが だめなの


わたしを たいせつにしてくれたひとを

たいせつに しなかった

むくい か


ほんなもん

たいせつにおもう

おもわないは

かってやもんな


わたしが あなたを 

いちばん たいせつに おもうのも

わたしの かって


わたしのことをたいせつにおもってくれてたらしい あなたがたを

わたしが じゃけんに あつかって しまったことも

わたしの かって


あーあ


ばかだねえ


それでもいまいちばんたいせつなのは

わたしのことを まったく たいせつに おもっていないらしい

あなたで

ある


ということ


この恋の

だいごみで ある


ばかだねえ

2024年7月13日土曜日

ほろびをこころざすものたちに

いまにも
あたかも
せかいが こわれようと している のに
あなたの
そばに
おられない

ほろほろ こぼれおちる ほこりの くずの
ひかりをあびて きらきらひかる ほこりの かけらの
あつまる あつめる
せかいの すみの
ほころびの
とくていの ひとところから
ほろびは きたる
崩壊は始まる
ここ かも しれない
とおい ところかも しれない
さわやかに くずれおちる こなごなに
火をふいて もえおちる
さかまくみずに のまれる
ふくすうの 箇所から あいついで
さけびを こだまし
こだまし こだまを かわしあいながら
はじまる
おわる
おわりが
はじまる
つづく
つらなる
連鎖する リアクション

ひとびとのこころが 崩壊を こころざす
ほろびを こころざす
ほろびを こころざす ものたちよ

ほろびにむかう
ほつれ
ほころび
ほころびを つくろうどころか
ほころびに ゆびをいれて ひらく
きずぐちを ひらく
ぬってあっても きずが ゆちゃくしないまに
ぴりぴりとひらく
ぷつぷつぷつ と いとが 切れていく音がする

いと なくば ぬえぬ
いと なくば つくろえぬ
いと なくば あくがれ はなれ
はなれて
ついには ついえぬ

ついえはてた せかいが
ほろほろ ほろびおちる
こぼれ おちる このひまに
この すきまに
あなたに あいたいのに
さいごの はざまに あえない
せかいの クレヴァスに のみこまれ

おちて いく

2024年2月20日火曜日

せかいの まなかいに

せかいの まなかいに
とつじょ として あらわれる もの
とつぜん きえる もの
él apareció
él desapareció
きえるものは あたかも それが宿命であるかのように ふっと消え
ふたたび あらわれる。 わたしの まのあたりに
祝福のように?
あるいは まがまがしく?

せかいの まなかいに
おおぜいの まなざしに ふちどられて
きえろ きえろ
の声に 追い立てられ
あえなく きえる ものたち よ
無念である そんな 運命は不当であると いくら嘆いても
あがいても あらがいても
きえろ きえろ の声は きえない
きえろ
きえろ
te quiero
te quiero
あいの ことばは とどかないのか

せかいを めぐる おおぜいの まなざしは
消えろ と te quiero  を まのあたりに して
まつげ を ぬらし
まゆげ を ひきあげ
せかいの まなかい に たたずさんで
かたりかける
かたる かたる かける かける
どうしようもない無力さに さいなまれながら
まなざしのひとつとして かたろうとする
他のまなざしと
まなざしを かわす
おおくの まなざしが 交錯する

まぶたをとじて
   さきをみる
 さきに あった こと
 さきに あった もの
 さきに あった ひと
 さきに あった まなざし
 さきに あろう こと
 さきに あろう もの
 さきに あおう ひと
 さきに あおう まなざし
 邂逅
 めぐり あう まなざし
 めぐる まなざし
まぶたの うらに
あなたは なにを みているのか?
せかいの まなかいに
せかいの まぶたの うらに

したい

あたま
あたま
あたま
あたま
あたま
あたま
  はら
  はら
  はら
  はら
    あし
    あし
    あし
    あし
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
     したい
 よそ
  よそむく
よそゆき
  よそごと
  よそよそし
   よそごとし
   よそおい
   よ
    そっぽむく
     おいかける
   よそのひとびと
よそうできない
よそよそ
よそう
よしな

 よしな
 よしなにするのは
 よしなし
   しょちなし
  よろよろ
   よろしく
   うろうろ
  うろん
  うらうら
   うら
 うらぎり
うそ
うす
うつ
うつろ
うごく
  めく
うく
うい
うめ
 うん
  ふうん
   うんめい に はこばれてゆく はこ に おい わかき つれもて はるか はすかい まだ まだ できぬ うらめし めしや かなし かなしみ ふせず ふしん ふらん ふじん ぎふん ばふん ふまれ ふみ つぶされ だつ だかつ だって だっち おらんだせい きかんじゅう の むこう に いち じょう の め がある。せん じょう の ひかり がある。ひかる や やさし やさり やさぐれ やれん やらん やらなん
やって
やろう
    じゃん
やりたい
やりて
やりたい
 したい
  と とも に ある
            とき
         あるく とき。

 したい
    と とも に ありなむ
          ありてむ
         あらなむ
        ありて
       ありかむ
      あらあら
          まほし
    あるかむ
   あるかなむ

 したい と とも に
ありかなむ。

      あるこう
       みんな

       ひかりの
       みちを

       あるこ! 

2024年1月16日火曜日

Oくんはね

Oくんはね
おっきいから 自分のこと Oくんてよぶのかな
なんて あほなことを 夢想してたら
当のOくんが わたしを上からのぞきこんでいて
一緒に帰ろ って言ってくれるのだ
やった! 一緒に帰る相手ができた
だって この帰り道は ひとりじゃ不安
途中に 怖い秋田犬のいる角があるんだもの
Oくんがね 一緒に帰ってくれるのだ

テニスコートの外側の道を 大回りしてあるく
ふたりであるく
川沿いの道を ゆるゆるあるく
ふたりであるく
ぽつぽつ しゃべりながら あるく
前になったり 後ろになったり
ならんだり ずれたり
ちらりと見たり 見なかったり
おたがいを見たり 見なかったり
お花や草や虫や小鳥や ちいさなものに目をとめたり
電車の音や川の流れや鳥の声に耳を澄ませたり
樹のはだに 触れたり
木漏れ日を 透かして見たり

Oくんは 大きなどんがらして 意外と小心者で
自分のことをみんなが噂しているのがつらい
ぼくの肘のことを あんなふうに 言われたくなかったんだ
って 悲しそうに訴える
そうだよね
あんなふうに 言われるの つらいよね
(気にせんとき とは 言わないでおく)
その他もろもろの
よしなしごと
ぽつぽつ しゃべりながら 聞きながら
帰る 道みちが たのしい

だけど ふいに気づくのだ
帰り着いたら
わたしたちは 別れなければならない
えっ そうなの? Oくん
お家にたどり着くと わたしたち そこでお別れなの?
Oくん そこは織り込み済みなのか
平気な顔して微笑んでいる
わたしは そのことが 気が狂うほどつらいのに
Oくんは 悲しくないの?
わたしたちの帰り道は
たどり着いたところが 終わり
終着点

これは 帰り道
どこかへ行く道ではない
目的地がない
だって お家へ帰る道なのだもの
帰り着いたら そこは 終点
行く行くではなく
来る来る
帰る帰る 道を
Oくんとあるく
だから できるだけ ゆっくり 歩こ
ひと足 ひと足 ふみしめながら ゆっくり 行こ

そうしてると べつのともだちから LINEがはいって
Oくんの名前がついている(でもOくんと直接関係はない)美術館で
白い梅がぽつぽつ 開き始めていると
蝋梅はもう咲いていると
写真をおくってくれる
蝋梅のつるっとした 肌合いが
Oくんの顔に似ていなくもない
わたしは 川と 電車と すっかりはだかの桜の枝えだとを
写真に撮って ともだちに おくる
Oくんのことは 内緒

ものかは

闇のなかに浮かぶ光だまりに
女の後ろ脚がみえる
膕(ひかがみ) のくぼみにやどるうすいかげ
脹脛(ふくらはぎ)
踝(くるぶし)
蹠(あしのうら)
ものとして そこに放り出されてある もの

裸(はだか) はだか はだか はだか ・・・
はだか のおおぜいの 背中 たちが
うすしろい 灰色の ひかりのかたまりとなって みえる
はだか の からだ たちは
邪魔だ
いらん もの
不要
だから 産業廃棄物をはこぶトラックに載せられ
土のくぼみに あつめられ ただに 捨てられる
埋められる
ごみ
もの
はだか たちを
不要と みなす 者たちは
人間か
人間でないか

土で捏ねた からだの なかみは
稠密で 重い
みっしり重い からだを ならべて
行進する
土の兵隊は
ものか
人間か
土をこねて
兵隊にする 者たちは
人間か
人間でないか

からだが 殻になるとき
    空になるとき
中空に火がやどるとき
火が ふきあれて 風になるとき
からだは まいあがる
のぼる くねる まがる たわむ のびる ねじれる まわる まわる まわる
とぶ とぶ 跳ぶ 飛ぶ 翔ぶ
翔ける
空へ むかって 翔ける
土を たたく はねる
地を ふみしめる 摺る ありく
ありく ありく ありく はしる
うごく からだは
ものか
ただに ものか
人間か
人間でないか

土からたちあがる 踊り手の 腕と手は
ものか
ただに ものか
カウンターに 無造作に なげだされた
女の 一の腕
ふくらみに 光がやどる
それは
ものか
ただに ものか
まわりの世界が くらがりに沈むとき
人間は
ものに なる
ただに ものに なる
人間で ないものに なる

2023年10月27日金曜日

天使の影

イングリッド・カーフェンの白い背中
背中の広い逆三角形
白い広い三角に 肩甲骨の影が宿る
天使の影
がよこぎる
その白い三角が シナイ半島にみえる



彼女をいたぶる
男たちの 胸元の ネクタイの曲がった
細い白い逆三角形は
イスラエルか

ユダヤ人が
ヨーロッパ人にとって躓きの石なら 

パレスチナ人は
虫けらか
駆除すべき害虫か

ガザは
ネクタイについた シミか
皆殺しは 漂白か

イングリッド・カーフェンの背中の三角
すべての闇を呑みこむ


2023年9月25日月曜日

をさなごころに

たいせつなひとに嘘をついてしまった日の

たいせつなグラスを割ってしまった

むくいや

むくむくと いいわけ いくらでも
いくらでも わきでても なんのやくにもたたぬ
とりかえしのつかない


こんなとりかえしのつかない

を くりかえしながら

たいせつなものを
ひとつ ひとつ こわしていく

むくいや

2023年9月14日木曜日

あけがたの夢で

あけがたの夢で 横向けに寝ていたわたしの口から
花びらのように次から次へとことばがふきでてこぼれおちる
わたしの頬や胸がしわくちゃの茶色の包装紙で 空気をいっぱいふくみ
あたらしいことばたちをふきだして
ああこんなに自由に
ああこんなにたくさんの ことばたちが
そこらじゅうを舞っている

しばらくすると
半睡の夢から意識がすこしずつ覚醒して
ふくらんでいた包装紙を 縛る紐があらわれる
いっぽん にほん …
紐がつぎつぎと掛けられて わたしのからだを縦横にしばり
ことばの ふきだし口もふさぐ
あんなに いっぱいあったのに
あんなに 気ままだったのに
縛られてしまって窮屈に揃えられたことばがいま
今日つかう言葉としてわたしのなかにスタンバイする

ああこれだから
いつもいつもありふれた言葉しか出てこないんだ
縛られた思念 整えられた思考 なにかに号令されて
きょうのわたしのことばも いつもとおなじく
狭いからだのなかに押し込められ
整列させられ
世間に 通りの良い言葉として発せられる

あけがたの幸福な夢は そうしてふっとび
きょうも いつもとおなじ 退屈な ことばの日暮らしがはじまる

それより以前 夜中

熟睡しているわたしのなかでは
真夜中に きっとわたしの下腹あたりにかたいかたまりができ
ことばたちの種が詰まったかたまりは
一晩中かけて胴のなかをとおりぬけ
胸でふくらみ
頬でふくらみ
あんなにも はげしい
ことばの乱舞をひきおこしたのだ

2023年9月13日水曜日

台風LANちゃんが来た日

沖縄を睥睨してった台風6号は
まるでプレデターみたいやったね
肉食爬虫類が鋭角に向きを変えて
獲物を追って走り回ってるみたいやったわ

とかなんとか言うてると
次の台風7号が・・
とLINE友だちから一報
台風チャンネルで確かめると
なるほどその通りで
そこからは
3時間ごとぐらいにLINEが入り
台風の愛称をつかって
LANちゃんいまどこ
LANちゃんどこへ行く
外はいまこんな感じ
LANちゃんどこやぁ・・
その都度台風の位置を確かめると
近畿を直撃するコースになってたり
少し東寄りになってたり
西寄りになってたり
確かめるごとに予想コースがちがってる
しかしどうやら明日上陸は確実かな?
明日はそもそもお盆で仕事がなく
実家に帰るつもりやったけど
早々と「来んでええよ」と電話あり
そのあと映画2本観るつもりやったけど
早々と「明日は休館です」のお知らせメールある。
けっきょく明日は自宅軟禁かい
暴風警報波浪警報大雨警報
特別な警報が出てる地域もある
鉄道調べるとJRは軒並み運休
おお環状線も止まるんかい

目が覚めてまっさきにテレビつけ
まず東海地方の局がレポートしてるのが見えて
さては東寄りのコース行ったかな?
と思うと今度は神戸が映り
どうも淡路島のあたりにいるらしい。
そこからどういうコースを辿っているのかようわからん
アパートの11階のサッシ窓の内は静かなもんで
風の様子も雨の様子もわからない。
静かやな
以前の台風で
サッシを叩きつけるように雨風吹き荒れたときとえらいちがうこと
LINEともだちからのLINEはない

午後3時。そろそろ外に出てもいいかな?
窓の内にいると静かなもんやったけど
扉あけると雨音ざーざーして結構降ってるのがわかった
のでいったんあきらめる。
暴風警報大雨警報もまだ解除になっていない。
午後5時。そろそろいいかな?
扉あけると雨音なく
下界を望めばだいぶ小雨になっている模様。
よし、歩きに出よ!
コロナ禍で仕事もない映画館も開いてないジムもやってない頃
よくそうしてたように
雨の日は雨に濡れない商店街を行ったり来たりで歩数を稼ぐ
歩き始めると
風雨が収まるのを待ちかねていたのか
結構商店街人通りが多い。
お盆でそもそも閉まってる店 台風で閉まってる店を除くと
開いてるのはパチンコ屋カラオケ屋呑み屋のたぐい
みんな居場所が欲しいのだな
天満駅の近くを通りかかると
頭上を電車の音が駆け抜ける
おお環状線が動いてる
しばらく歩いて帰りにまた駅の下を通りかかり
環状線が動いてる

うちに帰ると
昼間音無しだったLINE友だちからLINE
よかったねー大したことなくて
互いの無事を確かめあい
なんせ21号がトラウマになってて
台風と聞くとしばらく前から生きた心地せえへんねん
昨日の頻繁なLINEと
今日の音無しはそれだったか・・
その21号のときは・・の話になる
そうそう今日思い出してたのもそのときのことで
あの日はサッシを雨風が叩きつけて
知り合いのマンションで隔壁が吹っ飛んだ
LINE友だちのトラウマも大風によるものらしい
あの年は大阪地震もあったんやったね
そうそうそっちのほうは堅い地盤のおかげでなんともなかったんやけどね
うちもなんともなかったんやけど
北摂の方がひどかって・・
たぶん何度もした話
台風のあとしばらくして
友人のお連れ合いが亡くなって
震災のかたづけの流れやから
あれは完全に震災関連死やと思うけど・・
友人自身はそれどころやなかったようで・・
たぶん何度も繰り返した話
これからも繰り返す話

2023年8月28日月曜日

FukushimaWaterRelease3日め

果物屋の店先で
今年初めての青蜜柑を見つけた
うれしい
ことに青いのを選んで買う
今どきの青蜜柑は昔と較べで酸っぱくなく
物足りないけど
それでも青いほうが酸っぱみがあるような気がして
青いのを選んで買う
酸っぱいのが好きなんです
このごろは苺なんかもめちゃ甘くなっちゃって
いつかヨーロッパの市場で買った苺が
見た目は日本のと変わらないのに
酸っぱみがきつく野生味もあって
こちらの方がわたしは好みだったな
…てそれはまた別の話
目の前の青蜜柑は高知産

魚屋さんの店先に来て
   鮪の刺身を食いたくなったと
   人間みたいなことを
わたしも思うのだが
ホントは鮪よりハマチの方が好みなのだが
これからさきの日本の漁師さんたちのことを思いやると
心穏やかではいられない
山之口貘氏が
   死んでもよければ
   勝手に食えと
うたった灰かぶりの鮪の灰は
アメリカさんの落としたものだったけど
このたび太平洋を汚しているのは 日本の灰なのだ
そんなギフンにかられつつ
長崎産カンパチの刺身を買う

いつものように
車のかげのない赤信号の交差点を渡ってると
向こう岸にいるおっさんが
「おばはん赤信号やど」
とわたしを指差して言った
わたしは中指を立てたりせず
にっこり笑って通り過ぎた

※引用は山之口貘「鮪に鰯」より

2023年8月25日金曜日

FukushimaWaterReleaseの日に

さいしょの雷鳴が耳にとどいたあと
一瞬だまって一緒にそれを聴いていた
目の前の相手が
「雷ですか?」と言った。
「雷ですね」
ここからは窓が見えないので
外の様子がわからない。
それからまた何度か雷鳴が聞こえた。
部屋の空気がふっと肌寒くなる。
雨音は聞こえないが
雨の降りだす気配
雷も何度も鳴る。
仕事の合間にさっきの相手が
「雨降ってますね」
「うん、そうやね。傘持ってきてる?」
(わたしは晴雨兼用日傘がある)
「いいえ、日傘だけ…」
しばらくすると彼女は
外に出ないといけない。
「その日傘で雨除けになる?」
「…ううん。きっとぐしゃぐしゃになってダメになってしまうと思う」
どこかで雨傘を借りたら…とかなんとか言おうかどうしようかの間に 彼女は席を立つ
「お気をつけて」
わたしはまだしばらく時間がある。
しばらくこの建物の中に居よう。
廊下から外の様子を窺うと
土砂降り
犬猫降り
すごい降り
iPhone見ると
LINE友達から
「(わ)(ー)
 ついにドシャブリ来そう~
 南の空真っ暗 雷ゴロゴロ(thunder)
 雨雲レーダー真っ赤な雲の塊😱」
と絵文字付きで
降り出す直前のメッセージ
ここんとこ大阪ではまとまった雨降らなかったもんね。
外の様子のわかる部屋に移動すると
ますます雨脚強くなってく模様
天気アプリ確かめると
なんと大阪に大雨警報と洪水警報と雷注意報が出てる
いつまでもこの場には居てられない
わたしもあと45分ぐらいで出ないといけないのだが…
「止んでくれ〜」
友だちにその旨LINEすると
「1時間くらいでやむと言うてる」
と情報くれたうえで
「祈ろう」
と祈ってくれる。
あと30分
読んでる本はいまヴェネツィアにたどり着いた
あと20分
ヴェネツィアの聖堂に行く(わたしも行ったな)
あと10分
次はドイツに行くらしい。
LINE友だちは大阪市内の別の区に居て
「こっちは小降りになって雷も遠くなってるんだけどな」
こちらもマシになってきたかな?
あと5分
意を決して席を立つ(小さな決意だこと)
建物の外に出ると
小さな晴雨兼用傘で間に合う程度の降りになっていた
傘無しでずんずん歩いてく人もいる
時折稲光が光る
交差点の手前で雑居ビルの玄関先を借りて少しでも雨をやり過ごした
JRにしようか地下鉄にしよか
少しでも歩く距離を惜しんで地下鉄にした
祈ってくれてたLINE友だちは
「一時的なものかもしれないけど雨は止んだ」と。
「こっちは止んでないけど小雨になってて小さな晴雨兼用傘で大丈夫やった。ご心配ありがとう」
「よかったね!」
絵文字で拍手してくれた。
次の目的地に着き
地上にあがると
もう雨は止んでいた。

それから夜になって仕事終わりになじみの呑み屋に行ってライブ聴いて帰ってくるまでに会う人会う人
「すごい雨でしたね」
とひとしきり。
どこが降っててどこは降ってなくてどれくらい降って雷は鳴ってどれくらい降り続いてどこでいったん止んでまた降り出したか
会う人ごとに把握したよ

家に帰ると
LINE友だちから不思議な写真が届いていた
「不思議な光景だったので…
 ちょうど日の入り
 まだ降ってるのか東のドン曇りの空に建物がスポットライトを浴びて浮き出たようでした🌇」 

なるほど不思議
道には誰も歩いてなくて
空も空気もまだ灰色の世界に
夕暮の日差しだけが黄色く輝いて
道の奥のほうと
両道端のビルの裾より上の側面を照らしている。
黄金色のビルが立体的に浮かびあがり
こちらに迫ってくるようだ
不思議な遠近感

日常詩(というラベル)

まるまる3年新作できずコロナ禍で鬱々というよりうつつだったのかとにかくここも放置していたわけですが、このごろ即興表現やらポエトリーリーディングやらに顔出すようになってからそろそろともう一度書いてみようかなという気になりはじめ・・

とかもったいぶってますね。たまたまこないだ台風の日にふと風が収まってから散歩しながら、目に留まったもの自分がやってること意識にのぼることをそのまま普通の言葉で書き留めるような感じの詩を思いついた。

こんなんもええんちゃうかな? で、夕立のあった日、それからまた次に夕立のあった日、そして昨日(2023年8月24日)大雨の降った日、に作った詩を公開します。

ラベルつけると「日常詩」かな?いやこの調子やと「天候詩」になるのかも・・

わたしにとっては新境地だけど昔からこういう詩(東西問わず形式問わず)も数多いよね。

夕立とすれちがった(2)

夕立とすれちがった
閉め切った室内で仕事してたので
外で雨が降ってるのに気づかなかった
建物から外に出ると
道路が濡れていた
濡れた地面の匂いがほわんと立った
ガソリンスタンドの前を通りかかると
ガソリンの匂いがツンときた
マンホールのそばを通りかかると
下水の匂いがむわっときた
けっこう降ったのかな?
でもまだ降り足らないとでもいうように
空気は湿気をふくんでもわっとしてる
時折パラパラっと名残りの雨しずくが落ちてくる
道端の
なんの用をなしてるのかわからない棒の先に
渡した横棒の両端に天秤みたいに風鈴が二個つるしてあって
不機嫌そうにチリチリンと鳴っている
しばらく歩いてると
地面が乾いてきて
乾いたところと濡れたところがまだら模様になってくる
空はまだどよんと曇り模様
むしむし気温も高い
とおもうとまもなく
またバラバラっと雨が降ってきた
水溜りに水の輪が重なってパラパラっと散った
けっこう降ってくる
あわてて傘をさす人(わたしをふくむ)
手に持ってるなにか(かばんとか本とか)を頭にやる人
雨の中を信号待ちするのが嫌なので
いったん地下にもぐって交差点の向こう側に抜けることにする
地上に上がるとそのまま濡れない道を通って
スーパーに入った
暑いなか歩いた身体をいっとき冷やすため
スーパーも心得たもんで
キンキンに冷房を効かせている
スーパーを通り抜けて外に出ると
もう雨はやんでいた
青空さえちらりと見える
日差しさえ時折ちらりとさしてくる
通り一本隔てた
べつのスーパーに寄って
トマト一盛り480円也と特売コーナーの竹輪20%引を買った
うちに帰り着くとすぐシャワーをあびた
竹輪を齧って缶ビールをあけた
窓から外を見ると青空と白い雲がみえた
夕立とすれちがった

それからしばらくしてまた家を出ると
まだ明るくて青みの残る空に
三日月以上半月未満の月が綺麗だった


電車に乗ってiPhoneでこれ打ってると
隣に立ってる人が
ライトがついてるよと
身振りで教えてくれた


夕立とすれちがった

神戸から帰る途中の電車で
夙川あたりでバラバラバラっと大きな音がして
雨粒が車体を叩きつけているのがわかった
「わっ!雨」と思って目をあげて窓を見ると
雨粒がたくさん車窓にあたってながれていくのが見えた
隣に座ってる人もわたしと
同じ方向を見やっていた
だけどそれはたったいっときで
電車が進んでくと
すぐ雨音も雨粒もなくなって
十三に着く頃にはすっかり晴れていた
地元に着くと地面が濡れた形跡があり
小さな水溜りがそこここにできていて
プラスチックの庇から水がぽたぽた落ちている
ところがあった
夕立とすれちがった

あとで聞けば
西宮に住んでる友人は雷付きで結構大降りだったと
大阪に住んでる友人は「おしめり程度だった」と
いうことです。

2020年12月22日火曜日

おれない ぼく

ぼく ぼくぼく 歩く
ぽくぽく ぽこぽこ 歩行する
ぼく ぼ くぼくぼ くぼむ
ぼく ほくほく ほこる
ぼく ほこっちゃった
ぼく ぼくっちゃった
ぼく くぼっちゃった
ぼく ボコっちゃった
ぼく くぼんじゃった
ぼくと ぼく そぼく ぼくとつ
ぼくと つと ぼく とつ  とつとつ とこっちゃった
ぼくと はくぼく ぼくとは くぼく

ぼく おれしない
ぼく おれない
ここに おれない

2020年10月19日月曜日

キセキ

鬼籍に入る 奇蹟
軌跡に居る 奇蹟

流れの軌跡の うえの
奇石にゐる キセキレイ
鶺鴒 綺麗
貴石 玲 綺麗
輝石 綺 羅キラ
浮き沈む 流れの 奇跡
そこに 帰責
なにもかも

だれもかも
鬼籍に帰籍
軌跡がきえる 奇蹟

2020年9月26日土曜日

たわ(私)ごと

わたしはたわし

ちくちくいがいがあなたを刺してうるさい

たわしはわたし

ごしごしがりがりあなたのヨゴレをこそげとる 

わたしはたわしはわたし

あればつかえるかもしれないが なくてもこまらないもの

たわごとじゃ

2020年9月21日月曜日

焦燥

そう

しょう

そう

焦燥

焦燥に駆られる
左から押され
右から圧され
下から突きあげられ
斜め上からつつかれ
ゆらゆらあぶなっかしく
平静を保つのがむずかしい
おまえは
おまえは
いまごろ
なにを
いくつもの 指弾と
もやもやした
ことばが ぷつぷつ
不穏な地面から 芽をだし
むこうの空から こちらへと
画が ぬっと ぬっと どんと
幾重もの 強迫と
いくまいもの 画が
視界をさえぎって たちふさがる
ゆらゆらひるがえり 立ち処の一点を おびやかし
均衡を保つのがむずかしい
しがみつくのが むずかしい

2020年5月20日水曜日

さんぽ

わたしの透明な死体が幾重にも折り重なっている
その地点を
三度 通り過ぎた
十八年ぶりの春

一度めは おずおずと
二度めは 確信をもって  踏みしめる
三度めは ほぼ なにも考えず

それで終わったわけではない
かずかずの透明な死体を
葬ったわけではないが

いつ ほんものの 死体になってもおかしくなかった この春に
わたしは 生きている
生きている にんげんとして ここを踏んでいる
奇跡
奇跡のような
軌跡

川面をとおりすぎる舟の軌跡があり
川面に跳ねる魚の水音とすがたがあって
釣り人らは 若いのと年老いたのとが マスクなしでしゃべっている。
笑っている。

とおりすぎる こどもがいて
とおりすぎる 老人がいて
すれちがう ジョガーがいる。老いも若きも女も男も
ふみしめる さくさくと この年に
この 残酷な春に

無数の透明な死体と
(すごく多いけれど)有数の 具象の死体とが
どこともない 無限の 場所で
(すごく遠いけれど)ごくちかくの 有限の 場所で
つぎつぎ 折り重なっては くずおれる
この 過酷な年に