2020年3月24日火曜日

微睡

だれかがぼくの名を呼んでいる。
ぼくが名づけられる以前の名で呼んでいる。
だけどぼくはどうやってそれをわかればいいのだろう?

覚醒と睡眠のあいだの階の要衝要衝に
交通案内をしてくれるおばさんが立っていて
わずかなチップと引き換えに夢のチケットをくれる。

長い夢を存分に愉しんでからもっと深い階に降りていくのもいいし
ごく短いイマージュを楽しんで、またすぐべつのおばさんを探しに行ってもいい。

夢の各層には大きなまるい浅い穴が水玉模様のようにぽつぽつと開いていて
ぼくらはそこをとおって睡気の重力に曵かれ
ゆっくりとだんだん深い階へと降りていくのだ。

今夜は穴を避けてごく浅い層をとびまわり
あたらしくみつけたおばさんからつぎつぎとチケットをもらって
気の向くままに点々とイマージュを渡り歩いてみる。

六角形のかざぐるま
ソフトクリームの大山椒魚
一角獣のひづめ
龍の子のこゆび
妻のあしゆび
月のきざはし
霜の刃
あまいひやむぎ
秋冬仕様にツイードを着込んだ雀
生き延びる実感
ぽろぽろこぼれるとうもろこしぱんのくず
降りしきる豆ランプの光のあまだれ
あまずっぱい観覧車に
シナモンの香りのする回転木馬
仔馬のたてがみ
水の龍のまぶたにふれる

浅い階にいるおばさんたちはみんなとても美人でセクシー。
黄色や青やピンクのミニドレスをきらきらきらめかせて
50年代ふうにカールしたヘアに色とりどりの流星や恒星や星雲をいっぱいつけて
惜しみなく笑顔を呉れる。
チケットをわたしてくれる白い手がひやっこくふれるだけで
ぼくはドキドキしてしまう。

でも どこかよそから
たぶん どこか奥のほうから
だれかがぼくの名を呼んでいる。
ぼくが名づけられる以前の名で呼んでいる。
だけどぼくはどうやってそれをわかればいいのだろう?

まぁわからなくてもいいや
気づかなくても仕方がないやと
くちのなかでいいわけしながら
(内心微かに仮借をおぼえながら)
ぼくはイマージュの浅瀬をぴょんぴょん跳んで渉るのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿